決戦大会で最優秀賞に輝いた清水由貴子には多くのスカウトの手が上がったが、その2人組には相馬と、ビクターのディレクター・飯田久彦が指名したのみ。

出典ピンク・レディー 「モンスター神話」の真実(1)デビュー時はゲテモノ扱いされ… | アサ芸プラス

1976年3月に決勝大会が行われた。清水にはレコード会社などからのプラカードが14社上がったが、ピンク・レディーは芸能プロダクション「アクトワン」とビクター音楽産業の飯田久彦しか指名されなかった。

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