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「真田丸」最終回はこうなる!生存説もある幸村の最期とは?

あと3回で大河ドラマ『真田丸』が最終回。史実では諸説ある真田幸村の最期。どのエンディングになるのでしょうか?

更新日: 2016年12月04日

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■あと3回で最終回を迎える『真田丸』

NHK大河ドラマ「真田丸」(日曜後8・00)も、今月18日放送の最終回まで残すところ、あと3回。

慶長20年4月末から前哨戦が始まった大坂夏の陣。大坂城は防御機能を失い、前年の冬の陣の籠城戦から一転、野戦が繰り広げられた。

・幸村役の堺雅人さんもコメントを寄せていた

「真田丸」は「最終回にクライマックスが来る展開になっている」ため、ネタバレとなることを危惧し、今回は撮影終了の報告と堺のコメント発表のみ

――ラストの台本が届いた時の感想は?
堺:衝撃だったのは、佐助の年齢が分かったときですね。年上だったんだって(笑い)。

1年2か月という長い旅でしか見えない景色を見せてくれた三谷さんには感謝しています。本当に楽しい船旅を過ごすことができました」。

■追い詰める!家康が死期を悟った戦が始まる

天王寺口の戦いで家康本陣を攻撃し、三方ケ原の戦い以来と言われる本陣突き崩しを成し遂げ

戦国時代を生き抜いた百戦錬磨の老武士が絶望のあまり、自害を覚悟したと伝えられる。

ただ、家康の首を取ることができなかった。

▼最終回は?3つの説がある!真田幸村の最期

1.最期は首を差し出した説

研究者の間では、家康軍に敗れ、ボロボロになって敗走するうちに松平忠直軍の兵に討たれた、というのが定説になっている。

安居天神(現在の大阪市天王寺区にある神社)で休憩中に松平勢の鉄砲頭西尾宗次に討ち取られてしまいました。

幸村は『この首を手柄にせよ』といって、抵抗しなかった。これが一般的に知られている幸村の最期です

2.最期まで戦って討死説

越前松平家の家臣が「自分がやりを交え、討ち捕らえた」と書いた手紙の写しが福井県立図書館で見つかった。

「写しではあるが、討ち取った本人の証言という点で評価できる。幸村が戦いながら死んでいったとする説を補強するものだ」と話している。

真田幸村:通説と異なる最期示す史料展示 福井県立図書館      歴史を変える程の物でもないし、通説でもこの資料でもどちらでも構わない気がする。  a.msn.com/01/ja-jp/AAkom…

3.生きていた!影武者説

真田幸村は、実は影武者であり、本人は主君豊臣秀頼とともに辛くも大坂城を脱出したとされています。

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