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M-1と対照的?「R-1ぐらんぷり」歴代優勝者のさみしいその後

お笑いコンビ・銀シャリが優勝した2016年の「M-1グランプリ」。優勝すると仕事が一気に増えることでも知られる「M-1」、歴代優勝者もブレイクしていますが、一方のピン芸人のコンテスト「R-1ぐらんぷり」の歴代優勝者のその後は仕事も入らずなんだか寂しいようです。コンビとピンでこんなに差がある!?

更新日: 2016年12月08日

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monet333さん

・お笑いコンビ・銀シャリが優勝した2016年の「M-1グランプリ」

2016年の「M-1」は銀シャリが優勝

漫才日本一を決める「M-1グランプリ2016」が12月4日夜、テレビ朝日で行われ、銀シャリが12代目王者に輝いた

3503組がエントリーした今年の『M-1』。決勝には、アキナ、カミナリ、相席スタート、銀シャリ、スリムクラブ、ハライチ、スーパーマラドーナ、さらば青春の光(以上、ネタ披露順)の8組が駒を進め、その半数が初のファイナリストという展開の予想できない戦いに

計9組のファイナリストたちの中から最終決戦に進んだのは「銀シャリ」「和牛」「スーパーマラドーナ」の3組。そして、漫才の頂点を目指した死闘を制したのは結成11年目の「銀シャリ」だった

・優勝すると仕事が一気に増えることでも知られる「M-1」、歴代優勝者もブレイクしている

優勝すれば仕事が多数舞い込み、その後のブレイクにつながる「M-1」

「M-1」チャンピオンになって、“M-1”特需で100本の仕事が舞い込んだという銀シャリ

「M-1」優勝で、テレビ、舞台、地方営業などを合わせたオファーは、100件を突破。うち40件以上が全国ネットのテレビ番組で、年末年始を中心に多数のオファーが寄せられた

また「日本一の漫才師を決める大会」として2001年にスタートし、2010年の第10回開催で一旦終了し、昨年5年ぶりに復活した「M-1」の歴代優勝者は、中川家、フットボールアワー、チュートリアル、サンドウィッチマン、NON STYLE、トレンディエンジェルなどで軒並みブレイクしている

・一方で、春に開催されるのがピン芸人のコンテスト「R-1ぐらんぷり」

ピン芸人No.1を決める「R-1ぐらんぷり」

タイトルの「R」は本来落語を意味しているが、落語に限らず「とにかく面白い1人芸」を披露することがルール

「M-1グランプリ」はコンビで漫才を競いますが、「R-1ぐらんぷり」はピン芸人のガチンコ勝負

お笑い業界は、春がピン芸人の“R-1ぐらんぷり”、秋はコントの“キングオブコント”、年末は漫才の“M-1”が3本柱

・その「R-1ぐらんぷり」の歴代優勝者のその後は、「M-1」に比べると、なんだかさみしいよう…

▼だいたひかるさん(2002年優勝)

初代チャンピオンのだいたさんは、現在、文房具関係の仕事をしているという

2002年に開催された第1回「R-1ぐらんぷり」の初代チャンピオンで、人気お笑い番組「エンタの神様」でも話題を集めていただいたひかるさん(41)

『どーでもいいですよ~』と口ずさんだ後、『このぜい肉、分けてあげたいよ~、という不可能』などというシュールなネタでブレイクしただいただが、ある時から突然、テレビで全く見かけなくなる

シュールなネタや芸能人へ毒舌を披露していただいたひかる。私生活では2007年、交際二ヶ月で結婚をするも翌年に離婚。2013年に再婚。現在は芸人としての仕事はしておらず、文房具関係の仕事をメインとしている

▼浅越ゴエさん(2004年優勝)

浅越さんは、関東ではあまり見なくなっているが、関西で活動しているよう

「R-1ぐらんぷり2002」でニュースキャスター漫談「しっくりこないニュース」で決勝進出。以後、ピン芸人としても漫才コンクールなどに出場。2004年、「R-1ぐらんぷり2003」で優勝した浅越ゴエさん

お笑いユニット、ザ・プラン9以外でのネタはニュースキャスターの格好で、架空のニュースを読み上げるというネタ「しっくりこないニュース」を披露している浅越

2010年ごろから活動をあまり見かけなくなったので消えたともされるが、現在は、関西を中心にかなりのレギュラーを持って活動しているよう

▼ほっしゃん。(星田英利)さん(2005年優勝)

同期の宮川大輔とお笑いコンビ「チュパチャップス」を結成し、99年に解散後はピン芸人として活動。2005年の「R-1 ぐらんぷり」で優勝したほっしゃん。さん(45)(その後、2014年に星田英利に改名)

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