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平野ノラ のおかげで 荒木師匠 への注目が高まってる【バブル時代】

2016年に、OK!バブリー を流行語にしたバブル芸人 平野ノラ さん。そのためバブル時代を解説するTV番組も増えてバブル文化として ディスコ・ジュリアナ東京 でボディコン、ミニスカ、ジュリセンで有名だった 荒木師匠 もTVでの出番が増えていったのです。twitterの反響をまとめました。

更新日: 2018年09月16日

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IToyajiさん

2016年大ブレイクしたバブル芸人 平野ノラ

平野 ノラ(ひらの ノラ、1978年10月20日 - )は、日本のお笑いタレント。

本名、平野 千秋(ひらの ちあき)。
ワタナベエンターテインメント所属。
東京都出身。

1980年代のバブル時代を思わせるスーツに、髪型はソバージュ、太い眉、肩パッドという格好で主に出演。

バブル時代によくあった携帯電話「ショルダーホン」(ダイソーで買ったという材料で手作りしたもの)を提げて登場することもある。

そして バブル文化がTVでよく取り上げられるようになり、いま注目を集めています

他にもオードリー若林は平野初単独となるDVD「バブルはそこまで来ているゾ!」を絶賛し毎日観ているとラジオで公言している。

後にオードリーの特番やラジオオールナイトニッポンなどで共演をしている。

ビジネス 地上げ
潤沢な資金を背景に大都市の再開発の動きが活発になった。

財テクブームと消費の過熱
バブル経済下では金融・資産運用で大幅な利益を上げる例が強調され、企業においても本業で細々と着実に利益を上げたり、保有株式の配当金等よる利益を上げるのでなく、所有する土地や金融資産を運用して大きな収益を上げる「財テク(○○転がし)」に腐心する例もあった。

就職売り手市場
民間企業が好景気を受けた好業績を糧に、更に営業規模を拡大したり経営多角化を行うために新卒者向けの募集人数を拡大し、学生の獲得競争が激しくなった。

流行語
バブル景気直前の1984年には、金持ちと貧乏人の生活や価値観を対比させた 渡辺和博 の著書『金魂巻 現代人気職業三十一の金持ビンボー人の表層と力と構造』で使用された「○金○ビ(まるきん・まるび)」が第1回流行語大賞となり、バブル景気時にもそのまま使用される。

盛り場・ディスコ
消費の過熱は、六本木や銀座、新宿、渋谷などの歓楽街にも影響し、これらの盛り場では、大金を手にしたいわゆる「バブル紳士」から、学生ビジネスのみならず、アルバイトで遊ぶための金を手にした学生までが大金をつぎ込んだ。

1980年代後半にかけて、六本木では雑居ビル「スクエアビル」の殆どがディスコになった他、六本木駅界隈には、50店舗以上もディスコが乱立し、その多くが盛況になるなど、第2次ディスコ・ブームが起こった。また、カフェバー、カラオケパブが流行するなど、この頃のバブル景気の象徴として「ジュリアナ東京」が取り上げられることが多い。

そんな ディスコ・ジュリアナ東京 で有名だったのが 荒木師匠

1990年代
テレビ朝日の「トゥナイト」に出演し、ボディコン、ミニスカ、ハイヒール姿で羽扇子(ジュリセン)を振りかざして踊り、ジュリアナクィーン、扇子の女王、元祖扇子ギャルなどと呼ばれた。

乱一世や山本晋也との掛け合いも番組名物となり、ジュリアナブームの顔になった。

2011年12月7日発売のCD「J-POPディスコ伝説」のCMに出演(ドライブミュージックより発売)。

発売時、銀座4丁目交差点の三愛ビル大画面にて2週間ほど荒木師匠のCM映像が流れた。各CDショップでもこのCM映像を流して販促をしていた。

平野ノラ のおかげでバブル時代が注目を浴びて 荒木師匠 への注目も高まってる

荒木師匠w元気そうで何よりw昔ねぇジュリ扇欲しくてねぇ…大中に ジュリ扇買いに行った記憶が… #スッキリ #荒木師匠 #ジュリ扇 #バブル

荒木師匠....流石に歳とりましたな(。・ω・)y-゚゚゚

スッキリに出てるジュリアナの荒木師匠って人の格好がキツいwww

荒木師匠 からだの線かわってないなぁ うらやま♡ 私あの頃から20Kg増量したのにw

バブルとかよくわかんない(子供だったすぎて)けど、見てボディコンとジュリセンだけで荒木師匠がわかるくらいにはバブルって特殊だったと思うの(よくわからない)

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