、当時の吉田茂首相は、日本が事実上米国のみの支配下に置かれていたことから、この朝鮮戦争を講和の好機ととらえ、米国との「単独講和」で交渉を進めます。

 その結果、米英が日本を含む50カ国をサンフランシスコ講和会議に招待。ソ連は会議に出席したものの、条約調印を拒否しました。条約を認めなかった理由は、内戦状態であるとして中国が招かれず、この会議に参加していなかったことと、引き続き米軍が日本に駐留する内容だったためです。

出典ソ連は調印を拒否 日本が主権回復した「サンフランシスコ平和条約」の裏側 - トピックス|Infoseekニュース

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