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獄中の麻原彰晃(麻原彰晃の現状)

オウム真理教の元代表、麻原彰晃2006年9月15日に最高裁が特別抗告を棄却し、死刑確定し、現在、東京拘置所に在監中です。麻原彰晃はどのような状態なのか、逮捕後から現在に至るまで追ってみました。

更新日: 2018年05月14日

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matoman001さん

地下鉄サリン事件を首謀した容疑で逮捕。

麻原彰晃

(1996年4月初めに)東京拘置所に移管

警視庁に約1年間、留置されていたことになる。

それ以降、東京拘置所に在監

12階建てのA~E棟からなる東京拘置所のうち、B棟の中層階にある「病舎」に現在も収監されている

1995年当時の麻原の様子

1995年末当時から、麻原には拘禁症が出ていた様子が書かれている。

この麻原の留置場生活も7カ月を超えた。「この麻原の留置場生活も7カ月を超えた。「最近は決まって7日おきにオネショをしている。最初は警察への嫌がらせかと思ったが、違うようだ。医学的には拘禁症といい、長期拘留で精神が不安定になってきている」(警視庁詰め記者)

出典FOCUS12月27日号

1996年当時の麻原の様子

週刊文春1996年4月25日号に、拘置所での麻原の姿が掲載された。
車椅子に乗せられ、移動している麻原の姿が撮っている。

タイトルは「拘置所の麻原被告はまるでエレファントマンだった」。

父が東京拘置所に移管された直後の1996年4月初めから父は東京拘置所が提供する食事を一切とらなくなりました。

代わりに、薬を混ぜ込めないような食べ物の差し入れ依頼が家族に来るようになりました。

わめく、取り乱す、駄々をこねる。オウム真理教の「教祖」の様子がおかしい。公判を長引かせるための戦略というのは、あまりに支離滅裂なのだ。
(中略)
「女子コンクリート詰め殺人事件」など、いくつもの大きな裁判で、被告人の精神鑑定を担当してきた福島章・上智大学教授(精神医学)の見方は、こうだ。「典型的な拘禁反応だと思います。(後略)」

出典『AERA』1996年11月26日

昨年秋のことでした。まるで真っ今日状態で、『ワーッ!』『ギャーッ!』と奇声をあげたかと思えば、職員に猛烈に毒づくんです。

出典『週刊現代』1997年2月15日号

不規則発言を繰り返し、これまでに2回の公判で退廷を命じられたオウム真理教前代表・松本智津夫被告(41)が、11月22日の前回後半以降、弁護人との面会を一切断っている

出典朝日新聞1996年12月5日

1997年当時の麻原の様子

他の証人が証言している最中に英語でつぶやいたり、突然大声を発することもあった

出典『 「教祖の法廷」全記録(2)』

麻原はまたも大声を挙げて「真実は麻原彰晃が知っている」「裁判長、私は認否をしたいのです。認否をさせてください」「裁判長は拉致されたのか」「裁判長を出せ」等など喚きたてる。裁判長は「言うことを聞かないですからね。退廷させなさい」

岡崎一明証人尋問において、4回目の退廷命令を受ける。

四六時中、座り込んで体を揺らしながら、『ウー、ウー、ウー』と意味不明な言葉を唸っていましたよ。

出典『週刊現代』1997年2月15日号

まとめると「麻原の世界」は次のようになっているようである。(中略)
●第三次世界大戦はすでに勃発しており、日本の領土はなくなってしまっているらしい。これは物理的に消滅している(水没など)可能性もある。
●麻原はエンタープライズのような原子力空母の上で、「どういう理由で自分は無罪判決となったか」を、全世界の人々に演説していた。そのため、英語と日本語の双方で語らなければならない、と思っている。(中略)
●日本がなくなっているため、裁判にも陪審制が取り入れられているらしく、花園陽一特別陪審員が麻原無罪判決への決め手となった(もちろん、こんな人物は存在しない)。

麻原の意見陳述をしたときの様子

2000年当時の麻原の様子

宣誓手続きの中で「今の名前はない。ブラックホールを背負っている」などと意味不明の言葉を繰り返し「私がここで宣誓する理由はない」と宣誓を拒否、退廷させられた。

出典東京新聞2000年4月28日

当時の新實被告の法廷に証人として出廷したが、退廷させられた。

2003年当時の麻原の様子

麻原の身の回りの世話をしていた掃夫(拘置所で服役している雑役囚)が語るところによると、麻原は注射をされていたという。

麻原はほとんど毎日、大小便を垂れ流していたんです。

出典週刊文春2003年3月27日号

白衣を着た医師がステンレスの筆箱のような容器を警備隊の手に渡し、担当職員が両わきを抱えられた麻原の手を掴むのが見えました。医師は麻原に近づきしばらくして離れると、手にしていた注射器を、警備隊の持つステンレス容器に入れたので、『注射をしたんだな』と思いました。

出典週刊文春2003年3月27日号

入浴の際もその二人の刑務官が彼の体を洗ってやります。トイレ掃除に使うような、棒タワシを使って彼の体を擦るのです(中略)(麻原入浴後の)浴室の様子は本当にすごいですよ。タイルは糞だらけだし、棒タワシにも付いています。そのタワシについた汚物を洗い流し、床に落ちた糞は靴で糞で細かくして、そのまま水で流してしまいます。官の支給品である粉の歯磨き粉を撒いて床をタワシで磨き、その後クレゾールで消毒する

出典『獄中で見た麻原彰晃』

2004年当時の麻原の様子

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