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あなたは何を感じますか?激戦で変わり果てたアレッポのビフォーアフター

内戦の激戦地である古都アレッポのビフォーアフター画像を交えながら、今シリアで起こっている現実をまとめました。

更新日: 2016年12月18日

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泥沼化するシリア内戦とアレッポの惨状

アレッポ市内の建造物の内戦前後の写真。

内戦が始まる2011年まで、このシリアの歴史ある都市は、美しい観光地でした。

シリアでは2011年からアサド政権率いる政府軍と、反体制派組織との内戦が続いており、シリア第二の都市アレッポはその激戦場となっています。
アサド政権側を支援しているのはイラン、レバノンの武装組織、中国、ロシアなど。
対する反体制派は、欧米諸国やイスラエル、サウジアラビアなどが支援。

2016年12月にはアレッポ市内における反体制派の掌握地域がほぼなくなり、アサド大統領は「奪還」を宣言しましたが、反体制側が合意条件を守らないなど泥沼化が続いています。

アレッポの戦いは、2012年からシリアの都市アレッポで行われている戦闘。シリアの政府軍と反体制派がアレッポ市内で激しい軍事衝突を繰り返している。

シリアのバッシャール・アサド大統領は12月14日、シリア政府のYouTubeチャンネルに勝利を祝う動画とインタビューを公開し、政府軍が包囲された町アレッポの奪還に「成功」したと宣言した。

しかし大統領の監視下で即座に処刑や拘留をしたことについては一切触れなかった。

取り残された住民は、アレッポを制圧したアサド政権による虐殺に怯え、報道陣の撤退した市内からSNSなどを通じて世界にその惨状を伝えています。

街並みももはや見る影を失っています。

国連人道問題調整事務所(OCHA)のスティーブン・オブライエン緊急援助調整官(人道問題担当国連事務次長)は10月初旬の声明で、アレッポ住民は「人間として耐えられないほどの過酷な残虐行為」にさらされていると述べた。

シリア政府は16日、同国北部アレッポ市内に残る反体制派掌握地域から戦闘員と市民を退避させる措置を停止した。

同域では現在も数千人の人々が取り残されており、国際社会からは避難措置の再開を求める声が相次いでいる。

国連のスティーブン・オブライアン緊急援助調整官(人道問題担当国連事務次長)は11月30日、シリア政府軍が攻勢を強めるアレッポについて「巨大な墓場」と化す恐れがあると警告した。

アレッポはほんの少し前まで、美しい観光都市だった

かつては活気のあった市場も廃墟と化しています。

内戦前まではシリア最大の商都として栄えたアレッポ。今は廃墟が茫々と広がる場所に変わり果てた。

シリアの古都アレッポは、中央アジア、メソポタミア、ヨーロッパ、エジプトをつなぐ要衝にあり、古来世界の文化交流の中心として繁栄した。そしてアレッポの市場=スークには世界中の産品が集まり、町歩きが最高におもしろい世界遺産でもあった。

シリア最大の都市の1つであり、現在に至るまで人が居住する世界でもっとも古い都市の1つでもある。国連指定の世界遺産であり、2006年には「イスラム文化首都」に選ばれている。

戦争はアレッポに生きる人も文化も、すべてを破壊した

古くからの市場と歴史的建造物ウマイヤド・モスクは破壊しつくされ、11世紀に建てられたイスラム寺院の尖塔は倒壊した。

アレッポを象徴する中世の建造物、ウマイヤド・モスク(世界遺産)。

画像右上の尖塔が内戦によって破壊されてしまいました。

シリア内戦でも最大の激戦地に数えられる北部アレッポ(Aleppo)では、全ての子どもたちが心的外傷(トラウマ)を負って苦しんでいる

「5~6歳の子どもたちは、生まれたときには既に内戦真っただ中で、戦争と爆撃しか知らない」「彼らにとっては、爆撃を受けるのも、逃げ回るのも、腹を空かせたままでいるのも、防空壕に身を隠すことも、普通のことだ。」

シリア政府軍によって制圧されたアレッポに住む市民たちが、現地から悲痛なメッセージをTwitterに投稿している。

「最後のメッセージ」という言葉が繰り返され、シリア政府軍に包囲された町で市民たちが直面している恐怖が表れている。

文字通り、すべては失われてしまいました。

そして失われたものは、もう戻ってこないのです。

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