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NHK紅白歌合戦の放送事故

都はるみと美空ひばりを言い間違えたミソラ事件が有名

更新日: 2018年12月31日

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wappameshiさん

2006年 DJ OZMA

OZMAの演出で女性バックダンサーたちが突如、衣装を脱ぎ出し、裸体の描かれたボディースーツで踊り始めた。
ボディースーツだと気付かない視聴者も多くいたため、「本当に裸ではないか?」との問い合わせがNHKに殺到。OZMA本人もブリーフの股間部分に、男性器を模したものをつけていたことが、火に油を注ぐ形になったといわれている。(日刊大衆)

1992年 本木雅弘

本木雅弘が白い液体の入ったコンドームを9つ、ネックレスのように首からさげて登場。途中からお尻を半分露出して踊り、歌い終わった瞬間には抱えていた特大コンドームを爆発させて、液体まみれに。エイズ撲滅への意味合いをこめたという…。(女性セブン)

1992年 小林幸子

小林は6万2000個の発光ダイオードを駆使した“人間ぼたる”となってステージに。ところがそのうち2万個しか光らず、演出は大失敗。セット下ではスタッフの「動いてないぞ、早く、早く」という怒声が飛び交い、ステージ後、小林は号泣した。(女性セブン)

1991年 とんねるず

お笑いコンビのとんねるずも実はNHKを出禁になっていた。歌手別視聴率で2位を記録したのに出禁になるとは、同情を禁じ得ない。とはいえ、翌年には同番組から出場オファーを受け、自ら辞退しており、出禁の期間は短かったようだ。

1991年に放送された『紅白歌合戦』において「受信料を払おう」というボディーペインティングを背中に施し、パンツ一丁の姿で登場したことが、NHKのひんしゅくを買ってしまった。

1990年 長渕剛

ドイツのベルリンから生中継で出場した長渕は、番組中になんとNHKのスタッフをタコ呼ばわりして批判。予定外の曲まで歌い出したことから、17分間にわたって番組をジャックする形になってしまった。長渕の暴挙で時間が押してしまい、ある大物歌手は出番をカットされてしまったというから、とんだ災難だ。これにより、長渕は同番組を出禁になったといわれるが、2003年にようやく復活を果たした。(日刊大衆)

「現場仕切ってるの、みんなドイツ人でしてね。ともに闘ってくれる日本人なんて、1人もいませんよ。恥ずかしい話ですけど、今の日本人、タコばっかりですわ」

1986年 加山雄三

1986年(第37回)、白組司会の加山雄三がトップバッターの少年隊を紹介する際、『仮面舞踏会』を「おい! 張り切って行こうぜ! 紅白初出場、少年隊の『仮面ライダー』です!」とノリノリで間違えた。

少年隊としてNHK『紅白歌合戦』に初出場した際、デビュー曲である『仮面舞踏会』を披露したが、司会を務めた加山雄三に「紅白初出場、少年隊、仮面ライダー!」と曲紹介されてしまうハプニングが発生した。

1984年 「ミソラ事件」

この年の紅白をもって引退を表明していた都はるみ。『夫婦坂』を歌い切ると、会場からは「アンコール」の大合唱が起きる。白組司会・鈴木健二アナの「1分間時間をください。私が説得してみます」の名アナウンスの後、紅白史上初のアンコールが披露された。
だが、都がアンコール曲『好きになった人』を熱唱した後、事件は起こった。

総合司会の生方恵一アナが「もっともっとたくさんの拍手を“ミソ……”」と、「美空ひばり」と言い間違えたのだ。

瞬間視聴率80%を超える大舞台での言い間違いは波紋を広げ、生方アナは年明けに謝罪。その後、大阪支局へ異動となったことが「左遷」と報じられた。

1982年 サザンオールスターズ・桑田佳祐

司会の山川静夫アナが「三波春夫をイメージしたステージです」と紹介すると、桑田は白塗りに和服姿で登場。ヒット曲『チャコの海岸物語』を演歌調で歌い始めた。

間奏に入ると「とにかく、受信料は払いましょう!」「裏番組はビデオで観ましょう!」と大放言。

NHKに「ふざけすぎ」と抗議が殺到。その後、NHKが桑田側に詫び状を要求し、これに怒った桑田が「詫び状を書くぐらいなら二度と出ない」とはねつけたとも報じられた。

1974年 森進一

1974年(第25回)、白組司会を務めた山川静夫氏が振り返る。「森さんがステージの階段を降りてくる時に股間のあたりに白いものがチラッと見えたので、アレっ? と思ったんです。でも、僕は曲紹介に夢中で、それ以上凝視することもなかった。1コーラス目が終わると村田英雄さん、北島三郎さんら白組メンバーが森さんを取り囲んで耳打ちしている。途中からチャックは締まっていたのですが、誰かがチャックをあげたのでしょうか?」

初の大トリを務めた森。同年のレコード大賞を受賞した『襟裳岬』を熱唱していると会場がザワつきはじめる。森の“社会の窓”が全開になっていた。

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