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訃報 2017年 有名人・著名人

ほぼすべての人達が知っている、あの有名な方、あの著名な方のお悔やみをまとめます。

更新日: 2017年07月24日

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7月24日  犬養 道子さん   評論家

世界の飢餓や難民救済活動に力を注いできた評論家の犬養道子(いぬかい・みちこ)さんが24日午前5時28分、神奈川県秦野市内で死去した。96歳だった。

 五・一五事件(1932年)で暗殺された犬養毅元首相の孫で、犬養健元法相の長女。欧米の大学で哲学や聖書学を学び、欧州各国に滞在。58年に欧米での体験を描いた「お嬢さん放浪記」で文筆活動に入った。

 飢餓や難民問題に取り組み、砂漠化した土地に植樹する「みどり一本」運動や、難民を支援する「犬養道子基金」の活動を続けた。著書に「聖書を旅する」「こころの座標軸」「国境線上で考える」など。

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7月21日  平尾 昌晃さん   歌手・作曲家

「瀬戸の花嫁」「よこはま・たそがれ」「カナダからの手紙」などのヒット曲で知られる作曲家で、歌手としても活躍した平尾昌晃(ひらお・まさあき)さんが21日午後11時40分、肺炎のため、都内の病院で死去した。79歳だった。 ロカビリー歌手として社会現象を起こし、作曲家に転身後も多くのヒット曲を世に送り出した。葬儀・告別式は近親者で行い、後日お別れの会を開く予定。

所属事務所によると、今月13日に体調を崩し、都内のかかりつけの医師がいる病院に外来で訪れた。その後、暑い日が続いたこともあり、数日後に体調を悪化させてしまい入院し、たんの吸引などをしていた。入院中も仕事に対して前向きだったが、21日に容体が急変。家族やスタッフらに見守られて亡くなった。

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7月19日  小川 寛興さん   作曲家

「月光仮面は誰でしょう」などのテレビ主題歌を手がけた作曲家の小川寛興(おがわ・ひろおき)さんが19日、多発性脳 梗塞 こうそくで死去した。

 92歳だった。告別式は24日午前10時、東京都品川区西五反田5の32の20桐ヶ谷斎場。喪主は長女、真智子(まちこ)さん。

 作曲家の服部良一さんに師事。「おはなはん」「隠密剣士」「仮面の忍者 赤影」など多くのテレビドラマの主題歌やテーマ音楽を作曲した。倍賞千恵子さんが歌った「さよならはダンスの後に」で、1965年の日本レコード大賞作曲賞を受賞。「パンのマーチ」など童謡も手がけた。

7月18日  日野原 重明さん   聖路加国際病院名誉院長

聖路加国際病院名誉院長で看護師養成や予防医学の発展に尽力、「生活習慣病」の言葉を提唱するなどし、100歳を超えてもなお多彩な活躍をしてきた、医師の日野原重明さんが18日、呼吸不全で死去した。105歳だった。29日午後1時から東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で関係者のみの病院葬を行う。今後、お別れの会を予定している。

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7月11日  砂川 啓介さん   俳優

俳優の砂川啓介(さがわ・けいすけ、本名山下啓一=やました・けいいち)さんが11日午前4時10分、尿管がんのため東京都港区の病院で死去した。80歳。東京都出身。砂川さんは「ドラえもん」の声で知られる大山のぶ代(83)の夫。葬儀・告別式は、砂川さんの遺志により近親者で執り行った。

 大山は08年に脳梗塞を発症。その後、認知症と判明し、砂川さんは15年5月に会見を開いて大山の認知症を公表、献身的に介護を続けていた。また、自身は13年に初期の胃がんの手術を受け、さらに16年6月の講演会では同4月に尿管がんと診断されたことや、大山が老人ホームに入所したことも明らかにしていた。

砂川さん「先に逝く訳にはいかない」 生前インタビューで妻・大山さん思い…

俳優の砂川啓介さんが11日に亡くなっていたことが18日、分かった。所属事務所が発表した。80歳だった。妻はアニメ「ドラえもん」でドラえもんの声などを務めた女優の大山のぶ代さん。砂川さんは2015年に、2年前に胃がん患い、手術を受けていたことを公表。その後尿管がんも患い、病気療養中だった。18日に放送されたフジテレビ系「直撃LIVE グッディ!」では、生前の砂川さんのインタビューを放送。その中で砂川さんは「やっぱり僕が先に逝くわけにはいかないですから」と、大山さんを残してはいけない心境を語っていた。

 砂川さんは、2年前のフジテレビのインタビューで「やっぱり僕が先に逝く訳にはいかないですからね。まるっきり身寄りがないわけですからね」と、子供がいなかったことから、認知症の大山さんを置いて先に死ぬことはできないとコメント。

 当時の大山さんについては「娘が1人増えたって感じ。うちは子供がいないですから、最近は料理していても『邪魔だからむこういってないさい』とか。そういう感覚になる」と、料理をする砂川さんに寄ってくる大山さんを娘のように接していると嬉しそうに語っていた。

 砂川さんは「彼女がこれからどうするかっていうことは、彼女自身が判断できることじゃないし、今の状態でそれを引っ張っていくのに僕しか居ないわけだから」と、大山さんを支えるのは自分しかいないとも自覚。「だからライブやったり、CD作ったりと。まだだからやるんだって」と、自らがやりたかった活動をすることが、大山さんを支える原動力になっていたことも明かしていた。

 「先に逝く訳にはいかない」と言っていた砂川さん。大山さんを残しての無念の死に、ネットでも「切ない」「先に死ねないって仰ってたのに…」「さぞかし無念だったのでは」「大山さん大丈夫かな」などの声が上がっていた。

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