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首都圏屈指の人気路線『東急田園都市線』7つのトリビア

田園都市線の今昔物語、雑学。

更新日: 2017年03月03日

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東急田園都市線とは

渋谷駅(東京都渋谷区)から中央林間駅(神奈川県大和市)までを結ぶ鉄道路線。

渋谷 - 二子玉川間:1977年、それまでの玉川線を代替する形で開業。
二子玉川 - 溝の口間:1927年に玉川電気鉄道溝ノ口線として開業。
溝の口 - 長津田間:1966年に「田園都市線」として新規開業。
長津田 - 中央林間間:1968年につくし野駅開業など、徐々に西側に沿線し1984年に中央林間駅までの全線が開業した。

田園都市線(でんえんとしせん)は、東京都渋谷区の渋谷駅から神奈川県大和市の中央林間駅までを結ぶ東京急行電鉄(東急)が運営する鉄道路線である。

沿線には人気住宅地が広がり、首都圏でも屈指の混雑路線となっている。

沿線は田園都市線と一体となって東急電鉄により開発計画が進められた地域となっており、東京のベッドタウンとして人気の路線となっています。

田園都市線の停車駅一覧。
渋谷から中央林間まで、27の駅があります。

田園都市線の渋谷 - 二子玉川間(新玉川線)の前身である「新玉川線」開業当時(1977年)の二子玉川駅の様子。
この区間の「新玉川線」という名称は、2000年まで使われ、その後「田園都市線」に統合された。

1977年、開業当初のつきみ野駅の様子。

東急田園都市線の人気の秘密とは

あざみ野”や“たまプラーザ”など、首都圏屈指の邸宅街を有する『東急多摩田園都市』は、民間開発による街づくりとしては日本最大級・総開発面積5,000haの規模を誇ります。

その背景には、50年以上前から東急グループによる「多摩田園都市構想」によって、鉄道と住宅地の一体的な開発が行われてきた歴史があります。

田園都市線の沿線一帯は、民間企業である東急電鉄が主体となって開発を進めてきました。

駅の周りに商業・文化施設などの必要な機能を集中して整備し、その外周に緑豊かな潤いのある住宅地を開発してきました。

当初決めたプランに固執、時代に合わせた転換ができないお役所仕事に比べると、ここでは社会の変化が常に意識され、取り込まれている。そのあたりの柔軟さ、現実的なやり方が現在も人気を集め続けている理由のひとつなのかもしれない。

雑学① 田園都市線のルーツは高速道路「東急ターンパイク」

「多摩田園都市構想」のなかで、東急が最初に描いていた交通網は電車の路線ではなく、高速道路でした。

この田園都市線、ルーツをたどっていくと、もとは道路計画だったという。

1950年代に渋谷から二子玉川を経て江の島まで延びる「東急ターンパイク」という高速道路計画があったそうです。

「東急ターンパイク」は、渋谷から玉川、保土ケ谷、大船、辻堂を通って江ノ島まで続く計画だったのだそうです。

「もし高速道路をつくってみて、バスなり自動車を運転してみて、どうしても運搬ができなければ電車に変えることは何でもありません」

当時の東急グループの総帥、五島慶太会長はこのように発言していたようです。

東急ターンパイク構想は、その後建設省に横取りされてしまい、それが第三京浜となりました(仕方なく東急は田園都市線を造りました)。

結局、「東急ターンパイク」構想は頓挫。東急グループは一帯に鉄道を敷くことになります。
東急は他に「湘南ターンパイク」「箱根ターンパイク」を申請。
3つの構想のうち、実現したのは「箱根ターンパイク」のみでした。

雑学② 旧新玉川線の各駅は色で見分けられる

田園都市線の地下区間(旧新玉川線の区間)である池尻大橋駅 - 用賀駅には、電車の中からでもどの駅かが分かるように、駅ごとに色分けされたタイルの工夫がされています。

池尻大橋…なんとなく「柿色」
三軒茶屋…商業施設の賑やかさ「レモン色」
駒澤大学…駒沢公園にちなんで「若葉色」
桜新町…桜が多いので「さくら色」
用賀…多摩川が近いから「みず色」

田園都市線に揺られて窓の外を眺めていたら、ふと気づいてしまいました!!
駅ごとに壁のタイルカラーが違うんです♪

東急田園都市線の渋谷~二子玉川間(当時は新玉川線)は、東急で初めての地下区間です。
そのため、乗客が降りる駅を間違えないように、池尻大橋~用賀間のそれぞれの駅の壁の色を違う色にしたのです。

ちなみに色のついたタイルの幅は、ホームの真ん中に行くほど太くなります。ホームのどのあたりに自分がいるかも把握しやすいそうです。

色のついたタイルは、ホームの出口に近くなるほど太くなります。

電車の中からでもわかるのがありがたい

電車で寝てしまって、今どの駅!?って時にも色で判別できるのは嬉しいですね。

雑学③「二子新地」駅名変遷の闇

1927年(昭和2年)7月15日。玉川電気鉄道溝ノ口線二子電停として開業。

当駅は開業当初、地名から「二子」という名称だったが、「二子新地」に立地していたことから「二子新地前(ふたこしんちまえ)」と改称された。

1935年に「二子新地前」に改称。
1977年に現在の「二子新地」に再度改称されたという歴史があります。

しかし、時が流れて歓楽街は姿を消し、車内案内放送の発音によっては「双子死んじまえ」と聞こえるとの批判もあったことから、「前」を取って現駅名へと改称された。

雑学④「たまプラーザ」人気の秘密

近年再開発され、ますます人気のたまプラーザ駅。

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