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【真田丸ロス】公式ページがいよいよ2017年1月31日で終了!の前に残しておくよ。(涙)

俺たちが愛した2016名作大河ドラマ「真田丸」。ドラマだけじゃなくて、いろんなコンテンツ(ムービーやインタビュー、ご当地ものなどなど)を用意してくれた公式ページがついに終了。いよいよ本当に真田丸が伝説になってしまいます・・・。

更新日: 2018年04月18日

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orihoanさん

いよいよ金字塔のすべてが、1月31日でおわってしまう!!!(終わってしまった!!|д゚)

源次郎さまぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっぁ~~~~~~~!!!!!(BY三十郎)

真田丸ファンとしては「三十郎」にグッとくるのであった。

さようなら三十郎。さようなら真田丸。

戦国時代最後の名将・真田幸村

その本名を、真田源次郎信繁という。
好奇心にあふれ、冒険を好み、戦国の世を駆け抜けた真田信繁は、
いつしか、覇者・徳川家康をも恐れさせる伝説の武将となった。
真田幸村伝説には、もうひとつのストーリーがある。
天才の父、秀才の兄の背を追いかけながら、故郷に住む家族と共に
乱世を生き延びていくために、迷い、悩み、苦しみながら成長していく、
家族愛にあふれた次男坊・信繁の物語。
大坂の陣において真田信繁が、戦国時代最後にして最強の砦(とりで)
「真田丸」を作りあげるまでの人生は、戦国の荒波に揉まれ続けた
小さな家族船「真田丸」での長い長い航海の道程でもあった。

なんと、真田丸公式ホームページが2017年1月をもって終了しちゃいます!!!

ファッ!!!えっ、まじで!!?

ということで見るなら2017年1月中ですよ!!あと数日やないけ!!?

我々を楽しませてくれるコンテンツ満載でした。。

インタビューがすごい。演じた俳優さんの想いがつまってた!(なので、ファンのためにここに内容を残しておきます!

最終回の脚本をいただいたとき、一番衝撃的だったのは……佐助の年齢です。ずっと年下と思っていたのですが、年上だったんだ(笑)!

最期の顛末(てんまつ)については、史実として日本全国の多くの方がご存じですから、「来るところに来たか」という思いでした。予想通りではありましたが、とても一人ではたどり着けなかった終着点だったと感じています。幸村は大坂の陣という場で8か月だけ輝き、有名になりましたが、人生とはそんなものなのかもしれません。
撮影が全て終わった後、この心境は何に一番近いかと考えたら、「長い旅から帰ってきた時のような気持ち」でした。1年2か月というこの撮影期間ほど、これまで長い旅行に出たことはありません。

疲れましたが、僕は『真田丸』という旅行のプランナーではなく、ひとりの旅行者でしたから、そこは気が楽でしたね。水先案内人の三谷さんについていき、周囲はスタッフがしっかりと固めてくださって、出会うのは一流の役者ばかり。これなら、どんな役者が幸村を演じても大丈夫というくらい素晴らしい旅でした。本当に得難い経験をさせていただいたと思います。
ただ、何事も自分のペースでは進まないので、途中から無理はしないように心がけました。最初のロケで草刈正雄さんがおっしゃった「ちゃんとご飯を食べないと、もたないね」という言葉は、ずっと心に残っています。

『真田丸』では、三谷さんの書かれた脚本の通りに、ト書きも含めて一字一句なるべく忠実に演じるように心がけました。現場の空気で演じた方が、役者として楽しい時もあるんです。極端な話、セリフだって言いやすく変えてしまえばいい。けれども、今回そうじゃない方がいいと思ったんです。余程の間違い以外は、いや、極端な話、間違っていても脚本通りにやってみようと。それも含めて『真田丸』だと考えていました。ですから、例えば脚本では“部屋の中”での会話シーンを、撮影の演出上、場所を“廊下”に変更してほしいと要請があった時には、監督さんと話し合ったりしました。例えば“部屋に向かう道中の廊下”での会話シーン、というふうに考えるのはどうか、とか。

けれども、そうした姿勢が、どうも僕を頭でっかちにさせていたらしく、実は撮影の前半の頃に、三谷さんから「もう10%くらい現場の空気に身を任せてみたら」とアドバイスをいただいたんです。「こうしたい」という僕の思いが強すぎたのかもしれません。でも10%という数字が三谷さんらしいなと。野球の投手に例えると、あと球半個分だけボールゾーンに投げなさいと言われているような感じでした。普通だったら、ただ「もっと好きにやってください」とおっしゃると思うのですが、そこを「10%」というのが、実に厳しかったな。三谷さんって、厳しい人だと思います。

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