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【不条理、自由、自殺、反抗、努力】アルベール・カミュの心に響く名言集

人間の不条理について研究し、自由に、既存の価値観にとらわれまいと生きた哲学者、アルベール・カミュの名言集です。いかにして人は不条理な世界を生きてゆけばよいのか、カミュなりの答えの断片を理解することができます。

更新日: 2017年02月11日

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reinequeenさん

アルベール・カミュ

アルベール・カミュ
Albert Camus
1957年
誕生1913年11月7日
フランス領アルジェリア・モンドヴィ
死没1960年1月4日(46歳)
フランス・ブルゴーニュヨンヌ県ヴィルブルヴァン
職業小説家、劇作家 、思想家
国籍フランスの旗 フランス
活動期間1935年 - 1960年
主題倫理、幸福、正義、愛、不条理、反抗
代表作『異邦人』(1942年)
『シーシュポスの神話』(1942年)
『カリギュラ』(1944年)
『ペスト』(1947年)
『反抗的人間(フランス語版、英語版)』(1952年)『転落』(1956年)』
主な受賞歴ノーベル文学賞(1957年)
デビュー作『裏と表』(1935年、エッセイ)
配偶者シモーヌ・イエ
フランシーヌ・フォール
親族セイン・カミュ(大甥)

カミュの著作は「不条理」という概念によって特徴付けられている。カミュの言う不条理とは、明晰な理性を保ったまま世界に対峙するときに現れる不合理性のことであり、そのような不条理な運命を目をそむけず見つめ続ける態度が「反抗」と呼ばれる。そして人間性を脅かすものに対する反抗の態度が人々の間で連帯を生むとされる。
カミュの文学的営為は、病気、死、災禍、殺人、テロ、戦争、全体主義など、人間を襲う不条理な暴力との闘いだった。それに対して、彼は一貫してキリスト教や左翼革命思想のような上位審級を拒否し、超越的価値に依存することなく、人間の地平にとどまって生の意味を探しもとめた。彼は「父」としての「神」も、その代理人としての「歴史」も拒否した。

アルベール・カミュ 名言集

自殺とは認識の不足である。

僕の後ろを歩かないでくれ。僕は導かないかもしれない。僕の前を歩かないでくれ。僕はついていかないかもしれない。ただ僕と一緒に歩いて、友達でいてほしい。

人間が唯一偉大であるのは、自分を越えるものと闘うからである。

希望とは一般に信じられている事とは反対で、あきらめにも等しいものである。そして、生きることは、あきらめないことである。

愛されないということは不運であり、愛さないということは不幸である。

涙が出そうになるくらいに、生きろ。

人間は現在の自分を拒絶する唯一の生きものである。

魅力とは明瞭な質問をしなくてもイエスと言ってもらう方法である。

重要なのは、病から癒えることではなく、病みつつ生きることだ。

幸せが何から成っているのか探し続けている人は、決して幸せになれない。人生の意味を見出そうとしている人は、決して生きているとはいえない。

人間には、それぞれ運命があるにしても、人間を超越した運命というものはない。

偉大な行動や思想は、ばかばかしいきっかけで生まれる。街角やレストランの回転ドアから、名作は生まれるのだ。

強い心、知性、勇気があれば運命の力を阻み、しばしばそれを逆転することが可能である。

われ反抗す、ゆえにわれら在り。

絶望が純粋なのはたった一つの場合だけである。それは死刑の宣告を受けたときである。

貧困は僕にとって必ずしも憎むべきものではなかった。なぜなら、太陽と海は決して金では買えなかったから。

人生それ自体に意味などない。しかし、意味がないからこそ生きるに値するのだ。

結局のところ、芸術の偉大さとは、美と痛み、人類愛と世界の狂気、耐えがたい孤独、疲弊させる人々、拒絶と同意との間の絶えざる緊張にあるのだろう。

生産性だけが重視される社会では多くの品が作りだされるが斬新な思想は生まれない。

あれほど多くの苦しみにさいなまれながら、それでもなお彼の顔が幸福であるように見えるのはどういうわけだろう

たとえ絶望にすっかりとりつかれても、あたかも希望を抱いているかのように振舞わなければならない。さもなければ自殺しなければならなくなる。苦悩にはなんの権利もない

倦怠は機械的な生活のもろもろの行為の果てにある。しかし同時に、これは意識の運動に指導を与えるものである

有名人とは何だろうか。名前が必要でなくなった人である。ほかの人々にとっては、名前はその個人にとって固有な意味を持っている

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