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その後どうなった? 閉園した遊園地の跡地利用

広大な敷地の跡地利用は難問で、どこの自治体も頭を悩ませているようです。

更新日: 2018年04月17日

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Truvativ1さん

活用できた例

横浜ドリームランド跡地→横浜薬科大学

アクセスの主役になるはずだったモノレールが過大重量で橋脚に亀裂が発生したため1年半余りで運航休止。高度経済成長によりベッドタウン化が進んだことが重なって渋滞が悪化し、アクセス難から入場者数が伸び悩んだ。

 赤字続きの末にダイエーの傘下に入ったが、ディズニーランドの開業による客離れや、ダイエー自体の経営難による再興構想の頓挫などで2002年に閉園。

幼稚園から大学まで30近い教育施設を運営する都築学園グループが2006年に開学した単科大学。漢方薬学科を設立している唯一の大学として知られる。

都築学園グループは潤沢な資金を持ち、私学助成金を受けていない。

末期には資金不足により遊具の更新もできず縮小していたドリームランドは北半分が俣野公園に、南半分が横浜薬科大学になった。ドリームランドの象徴だった高層ホテル「ホテル・エンパイア」は五重塔のような和風の外観を持ち、最上階は回転レストランとなっていたが、この建物は取り壊されることなく大学図書館・学習室として活用された。ただし、回転装置は取り外されている模様。

小山ゆうえんち跡地→おやまゆうえんハーヴェストウォーク

親会社の倒産により連鎖倒産。遊園地自体は黒字だったため規模縮小と休園日の増加で乗り切ろうとしたが、客離れによりさらに経営が悪化するという悪循環に嵌ってしまった。

ダイエーの支援のもと温泉入浴施設を開業してテコ入れを図ったが、遊園地の入場者数が温泉施設を下回るまでに落ち込んだため、全事業をヨークベニマルに売却し閉園した。

不動産デベロッパー、ザイマックスの主導によりつくられた大型ショッピングセンター。
横浜ドリームランドから小山ゆうえんちに譲渡されたメリーゴーラウンドが施設のシンボルとして活用されている。

東京マリン跡地→東京アクアージュ

出典ameblo.jp

芸能人水泳大会などでおなじみの日本を代表するレジャープール施設だったが、他遊園地プールとの競合や通年営業ができなかったことで経営が悪化。設備投資の負担が重荷となり、2000年にグループ会社ともども倒産した。

東京マリンの跡地を買収した東武不動産が開発主体となった大型分譲マンション。

小田急花鳥山脈跡地→日本大学花鳥山脈実習所

広大な敷地に野鳥園や遊歩道、ミニ遊園地、ミニSLなどが配されていたレジャー施設。四季折々の花が見られ、バードウォッチングもできるなど遊園地と言うより自然公園に近い独特の施設だったが、集客数の減少により閉鎖。

正式名称は「日本大学生物資源科学部西富士校地花鳥山脈実習場」
野生動物学研究室では、ここを利用して動物相や動物生態の教育および調査・研究を行っている。 演習場内に遠隔操作ができるカメラが配置されており、研究室内で動物生態の観察が可能になっている。

神戸ポートピアランド跡地→IKEA神戸店

神戸ポートピア博覧会の遊戯施設としてオープンし、博覧会終了後も遊園地として営業が続けられた。 成人をターゲットに絶叫系マシンのみで運営、コンスタントに遊具を更新しコンパクトな敷地で「最も効率的な遊園地」と称された。
阪神大震災後の休園による客離れやUSJ、神戸ハーバーランドといった後発のライバルに客を奪われる形で衰退し、2006年に営業を終了した。

北欧の家具製造・直販会社の大規模店舗で広大な敷地と駐車場を持つ。
ビストロレストランやオリジナルの生鮮食品店なども併設しており、家具を買わずに立ち寄る人もいる。もともとポートピアランドは敷地面積が小さめだったため、IKEAのオープンにより遊園地の面影は全くなくなった。

長崎遊園地→コアマンションマリナシティ長崎

長崎で唯一の遊園地と言うこともあって80年代までは拡張・遊具の増設が行われ好調だったが、施設の老朽化やハウステンボスやオランダ村に押される形で来客が減少。1996年に営業を終了した。

遊園地跡に建てられた3棟681戸の大規模分譲マンション。
ディスカウントストアのダイレックスが敷地内に併設されている。

伊豆富士見ランド跡地→日本通運研修センター(NEX-TEC伊豆)

日本通運が1964年に設立した観光開発会社である日通伊豆観光開発が運営していた遊園地。一般的な遊具だけでなく植物園、ジャングル風呂、水上レストランなど盛りだくさんで、一日では回り切れないため宿泊施設も併設されていた。
来客者の減少により1999年に閉鎖。

出典lnews.jp

土地を所有していた日本通運が跡地をそのまま研修所として活用。
2017年に創設80周年記念事業の一環として伊豆研修センターをリニューアルして「NEX-TEC伊豆」を新設すると発表した。

小田急御殿場ファミリーランド跡→御殿場プレミアム・アウトレット

小田急電鉄が運営していた遊園地。絶叫マシンに定評があった。
東名高速のインターチェンジに近くアクセスは悪くなかったが、80年代をピークに入場者が下降線をたどり、1999年に営業を終了した。

三菱地所が運営する210のブランドショップとレストランを抱える日本最大級のショッピングセンター。開業時には遊園地時代の観覧車がそのまま残されランドマークとなっていたが、その後取り壊され小田急系のホテルが建設中。

暗礁乗り上げパターン

多摩テック→大学の新設スポーツパークが頓挫し泥沼の紛争へ

ホンダの子会社が運営していた日本で唯一のモータースポーツをテーマにした遊園地。
ゴーカートやミニバイクが遊具として設置されるなど他とは一線を画していたが、東京ディズニーランド、ディズニーシー、ユニバーサルスタジオジャパンなどの大規模テーマパークに若年層を奪われ赤字が常態化。ホンダが不採算事業の整理を進めたため2009年に閉鎖された。

明治大学が跡地を買収、スポーツ科学部を新設し校舎を設立。老朽化した八幡山のラグビー場を売却し都心部の体育会部活の合宿所や運動場を移設集約しスポーツパークとする予定だったが、東日本大震災復興事業や東京オリンピックによる資材・人件費の高騰の影響で経費が1.7倍に膨れ上がる見込みから計画を中止し土地の買取を拒否。 土地を手当てした三菱商事が裁判に訴え、明治大学は8億円の支払い命令を受けてしまった。

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