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タモさんもご満悦 「着物の女王」大島紬とは?

『ブラタモリ』奄美大島編でタモリさんが大島紬(おおしまつむぎ)の泥染めに挑戦。近江友里恵アナと共に着用する場面も。これに触発されて、視聴者も大島紬のファミリーヒストリーを続々と投稿。「着物の女王」と呼ばれる最高級品だけに、代々受け継がれているようだ。

更新日: 2017年03月23日

aku1215さん

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◆『ブラタモリ』奄美大島編 タモさんが大島紬の泥染めに挑戦

3月4日の『ブラタモリ』(NHK総合、毎週土曜19:30)は、鹿児島県の奄美大島へ向かう。奄美自慢の特産品と言えば、奥行きのある黒色が特徴の絹織物・大島紬(つむぎ)に、ミネラルたっぷりの黒糖。

その誕生には、江戸時代以降の奄美の厳しい環境と、人々の知恵が秘められていました。奄美の宝はどうやって生まれたのか?タモリさんがブラブラ歩きながら、南の島の知られざる歴史をひも解きます。

まずは大島紬の工房へと向かったタモリ。自ら田んぼに入り、大島紬の黒色を出す「泥染め」に挑戦した。

◆大島紬を合わせてみた二人 視聴者絶賛

着てる風にできるんだね〜 にしてもかっこいいな大島紬。タモさんも近江さんもお似合い #ブラタモリ

タモさんはもちろん大島紬お似合いですが 近江アナ とってもお似合いです✨ #ブラタモリ

◆自らの大島紬ファミリーストーリーを投稿する人も続々

大島紬でしたか!母方の祖母が亡くなった時、形見分けで母が譲り受けました。 リメイクしようとしても、いまだにできないのが現実です。 値段聞いて、びっくりしたなぁ~もう。(*゜Q゜*)#ブラタモリ

母とブラタモリ見てたんだけど、我が家にも大島紬が代々受け継がれてたようでわたしもお正月に着ていたと初めて知る…あ、あれだったんかい

今や箪笥の肥やしと化した しつけ付きの大島紬。 ブラタモリを見て着物と 縁遠い生活を送る日々を しみじみと感じました。 pic.twitter.com/VcUzPJX4v3

ブラタモリ見て、叔母から引き継いだ大島紬を思い出してた。なかなか着る機会がないのだけど、ああやって染めたのかー!出して見たくなったな

ブラタモリで大島紬、私も叔母から貰って所有。虫に喰われてないか見るのが怖い…

◆大島紬は「着物の女王」と呼ばれる最高級品

鹿児島県奄美大島で生まれた大島紬は、フランスのゴブラン織やペルシャ絨毯と並ぶ世界三大織物の一つとして、国内外で高い評価を得てきました。

三大紬である「大島」「結城」「塩沢」の一つですが、その筆頭に上げられほど、品質、技術、デザイン、着心地など、どれをとっても最高レベルであることから「きものの女王」と呼ばれるほどです。

全工程が全て手作業で、図案から製織まで早いもので六ヶ月~一年近くかかるため、価格の大部分は手間賃と云えます。従って複雑な大島紬ほど高く、人件費が上がれば、大島紬も上がることになります。

奄美大島へ #ブラタモリ 。大島紬をつくるため泥染めに挑戦したタモさん。蛙が声援送っていました。一反200万円、まさにお宝。タモさんも近江友里恵さんも試着、シックでお似合いでした。サトウキビからつくる黒糖、そこからつくる水飴、近江さん「大好き」と美味しそうに舐めていました。G_G

◆その歴史は1300年前にもさかのぼる

奄美における養蚕の歴史は古く、1300年以上前から養蚕が行われ手つむぎ糸で紬が生産され、その染色方法も古代植物染色の技法であり、現在テーチ木及び藍染として伝えられています。

藩政時代、奄美の島民は薩摩藩の黒糖政策により過酷な労働と上納を強いられ、それが明治初期まで続いた。島民は悲惨な生活のなかで、紬や木綿布、芭蕉布を織り、それらが上納や役人との交際用、あるいは生活物資との交換に使用された。

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aku1215さん

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