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【真の賢察】小林秀雄の生涯、名言

1902~1983 日本の文芸評論家

更新日: 2018年07月02日

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ポケナイさん

小林秀雄とは

自分が信じた或る名状し難い、極めて単純な真理を、一生を通じ、あらゆる事に處して守り了せようとした。その為に彼がめぐらさねばならなかった異常な工夫、それが、彼の作の異常な複雑さに他ならない。

出典『川端康成』小林秀雄

受験勉強をしている方、以前していた方は、あーあの人ねとすぐわかると思います。
難しい!わけ分からん!という方ですね。

初めに、文芸評論についてですが、これは他人の粗探しをしようとするのではないです。
対象となる事物を、良い部分も悪い部分も、きっちり理解するということです。
どうしても人間は、感情により、良い部分、悪い部分しか見たがらないことが多々あります。

次に文体についてですが、難解な文体と思われています。
秀雄語と、考えてもいいかもしれません。
実際は、彼の考えは、非常に単純であり、簡単なことです。
例を挙げてみましょう。

全生命を賭して築いた輪奐たる伽藍を、全生命を賭して破砕しなければならない。恐るべき愚行であるか。然しそれは、彼の生命の理論であった。

出典『ランボオⅠ』小林秀雄

輪奐=建物が壮大で美しく鮮やかなこと

以上の文は、彼が東京帝国大学時代に書いた、ランボオの論文の一文です。
本当は単位が足りなくて留年するはずでした。
しかし、これ程の論文が書けるなら卒業して良いであろうということになり、留年せずに卒業しました。

これを現代語に簡単に訳すと、以下のようになります。

全力でホモビに出演して、全力でホモを否定しなければならない。チッ、ばかじゃねえの(嘲笑)。然しそれは、TDN犬の散歩であった。

輪姦=裁判なく去勢し肉便器の刑に処す

それをそのまま書いても、おっそうだな、そう…(無関心)と言われてしまいます。
難解に書かないと、注目されません。

人間は、単純で簡単なことよりも、複雑で難しいことを有難がります。
単純で簡単なことが正しくて、複雑で難しいことが間違っているかもしれないのに。

小林秀雄の生涯

僕は、人生をあれこれと思案するについて、人一倍の努力をして来たとは思っていないが、思案を中断した事もなかったと思っている。

出典人生の謎

1902年、東京市神田区(現在の東京都千代田区)に生まれる。
父親は、ベルギーでダイヤモンドの加工練磨技術を学び、日本でヨーロッパ風の衣装アクセサリーを製作していた。
妹の高見沢潤子は、後に作家となる。
小林秀雄は、父親の影響で、子供の頃から音楽を好み、バイオリンを習っていた。
1909年、白金尋常小学校に入学する。
成績は常に1番か2番であり、特に作文が得意であった。
1915年、東京府立第一中学校に入学する。
ここでの成績は常にビリ近くであった。

1921年、父親が死去する。
同年、第一高等学校に入学する。
同期には堀辰雄がおり、一つ上の先輩に神西清がいる。
美術室で絵画彫刻を親しんだ。
同人誌に短編を発表し、志賀直哉から賞賛される。
一時期神経を患って休学していたが、無事に卒業した。

1925年、東京帝国大学文学部仏蘭西文学科に入学する。
同期の堀辰雄は、東京帝国大学文学部国文科に入学している。
神田の書店街で、ランボオの『地獄の季節』を読む。
本人曰く、ニーチェのショーペンハウアーとなぞらえて、ランボオに殴られたと。
また、中原中也と知り合いになる。

1928年、東京帝国大学を卒業する。
奈良の志賀直哉の家に居候する。

1930年、『文藝春秋』にて文芸評論を始める。
そして一気に、彼の名前は知れ渡る。
難解であり挑発的であり、左や右に揺れ動きながら均衡を保とうとする彼の文体に、多数の人間が魅了されるのである。

以後、明治大学の教授や『文學界』編集をしながら、各国に出かけながら、西洋問わず、評論活動を行っていく。

シャルル・ボードレール
ギュスターヴ・フローベール
アルチュール・ランボー
アンリ・ベルクソン
アラン
アンドレ・ジッド
ポール・ヴァレリー
シスター・ビイム
フョードル・ドストエフスキー
レフ・トルストイ
フリードリヒ・ニーチェ
ジークムント・フロイト
アドルフ・ヒトラー

クロード・モネ
ポール・ゴーギャン
フィンセント・ファン・ゴッホ
ジョルジュ・ルオー
パブロ・ピカソ
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

西行
平家物語
吉田兼好
雪舟
媚癒夢兄貴
本阿弥光悦
俵屋宗達
本居宣長

1983年、腎不全のため死去する。
神奈川県鎌倉市の東慶寺にお墓はある。

小林秀雄の名言

宿命というものは、石ころのように往来にころがっているものではない。人間がそれに対して挑戦するものでもなければ、それが人間に対して支配権をもつものでもない。吾々の灰白色の脳細胞が壊滅し再生すると共に吾々の脳髄中に壊滅し再生するあるものの様である。

出典ランボオⅠ

人は様々な可能性を抱いてこの世に生れて来る。彼は科学者にもなれたろう、軍人にもなれたろう、小説家にもなれたろう、然し彼は彼以外のものにはなれなかった。これは驚くべき事実である。

出典様々なる意匠

口に出せば嘘としか言えない様な真実があるかも知れぬ、滑稽となって現れる他はない様な絶望もあるかも知れぬ

出典罪と罰Ⅱ

永遠の現在とさえ思われて、この奇妙な場所に、僕達は未来への希望に準じて過去を蘇らす

出典ドストエフスキイの生活

人はあらゆる真理を発見することは出来るが、あらゆる真理を獲得する事は出来ないものだ

出典「惡の華」一面

死を創る故に僅かに生を許された

出典「惡の華」一面

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