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19年ぶりの日本人横綱誕生!今や国民の期待を一身に背負う稀勢の里

19年ぶりに日本人横綱となった稀勢の里。以前から白鵬の連勝を止めたり、昨年(2016年)は年間最多勝を獲得するなどその実力は知られるも、5度の綱とりに失敗などの苦杯続き。そこから這い上がっての初優勝からの横綱昇進。横綱の重圧やプレッシャーに負けず、頑張ってもらいたいものです。

更新日: 2019年01月16日

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egawomsieteさん

横綱 稀勢の里 現役引退へ 日本出身の横綱が2年で不在に

田子ノ浦親方は16日朝、東京 江戸川区の部屋を出る際、報道陣の取材に応じ「きょうで稀勢の里は引退します。本人と話しをして、本人が決めました」と述べ、引退の理由について「一生懸命、全力で相撲を取っていたが、思うような相撲が取れないというのが一番。横綱は、結果を出さないといけないですから」と話しました。

稀勢の里はおととしの春場所、当時の横綱日馬富士との一番で左の胸や腕をけがした影響で、途中休場を含め去年7月の名古屋場所まで8場所連続で休場していました。

去年9月の秋場所ではけがから復帰し10勝5敗の成績をあげましたが、11月の九州場所では横綱として87年ぶりに不戦敗を除いて初日から4連敗を喫し、右ひざのけがを理由に途中休場しました。

九州場所後には横綱審議委員会から初めてとなる「激励」の決議をされ、出場した初場所に進退がかかっていました。

稀勢の里は今場所初日から3連敗を喫し、横綱らしい相撲は取れないと判断し現役を引退する意向を固めました。

稀勢の里は田子ノ浦部屋に所属する茨城県牛久市出身の32歳。

おととし1月、30歳6か月で横綱に昇進し、日本出身の横綱が誕生するのは若乃花以来19年ぶりでしたが、わずか2年で日本出身の横綱が不在になります。

稀勢の里は16日午後、引退会見を開くことにしています。

稀勢の里、初日から3連敗で横綱ワースト更新の9連敗

九州場所を途中休場し、進退問題が再燃する中で初場所を連敗スタートした横綱・稀勢の里(32)=田子ノ浦=が、東前頭筆頭・栃煌山(31)=春日野=に寄り切りで敗れ3連敗。平成最後の国技館土俵で、「引退」の2文字がちらつく、相撲人生最大の危機を迎えた。

この日は父・貞彦さんの73歳の誕生日。巻き返しへ初日を出したかったが、通算18個目の金星を配給。さらに、昨年秋場所の千秋楽からの出場しての連敗が9となり、1999年の貴乃花と並んでいた横綱連敗ワースト記録を更新してしまった。

 昨年11月の九州場所で、横綱としては87年ぶりに初日から4連敗して途中休場。場所後に行われた横綱審議委員会では、初めて「激励」決議が出された。九州の休場を決断する際には「このままでは終われない。もう一度チャンスを下さい」と師匠に直談判。不退転の覚悟で初場所に臨んでいたが、非常に厳しい状況に追い込まれた。

「まだ相撲取れる」稀勢の里 3日目出場の見通し 田子ノ浦親方

大相撲初場所で進退がかかる中、初日から2連敗を喫した横綱 稀勢の里について、師匠の田子ノ浦親方が15日午前6時半ごろ、報道陣の取材に応じ「本人とは話していないが、出場するという認識だ。まだ前半だしこれからもまだ巻き返せる。そのためにきのう体のケアに行くなどしている」と述べ3日目に出場する見通しであることを明らかにしました。

そのうえで、「いろんな意味で、心を引き締めていかないといけないし頑張らないといけない。前に出ようとはしているし、それを信じてあげないといけない。まだまだ自分の相撲が取れるんじゃないかと思っている」と話しました。

稀勢の里が連敗、貴乃花らに並ぶ横綱ワースト不戦敗含み8連敗

「大相撲初場所・2日目」(14日、両国国技館)

 横綱稀勢の里(田子ノ浦)が逸ノ城(湊)に敗れ、初日から2連敗を喫した。不戦敗を含むと先々場所の18年秋場所千秋楽から8連敗で、横綱としては照国、北の富士、貴乃花に並んでワースト1位となった。先場所後に横綱審議委員会から異例の「激励」を受けていたが、今場所も序盤から精彩を欠き進退が問われる状況になってきた。

 この日は過去8勝6敗、直近では3連敗中の逸ノ城が相手だった。226キロの重たい相手を攻め切れず横綱としての相撲は見せられなかった。はたき込みを残せず、土俵に落ちた。

大相撲初場所初日 稀勢の里 御嶽海に黒星

大相撲初場所は13日、東京両国の国技館で初日を迎えました。進退がかかる横綱 稀勢の里は、結びの一番で小結 御嶽海と対戦し、押し出しで敗れました。

■稀勢の里、6場所連続休場濃厚か 8日までに出場可否を最終決断

「大相撲春場所」(11日初日、エディオンアリーナ大阪)

 左大胸筋などの負傷で5場所連続休場から再起を目指す横綱稀勢の里(31)=田子ノ浦=が6日、大阪府高石市の二所ノ関部屋で行われた二所ノ関一門の連合稽古に参加したが、基礎運動のみで相撲は取らなかった。調整遅れを露呈し、6場所連続休場が濃厚となった。

 前日は横綱昇進後、初めて場所前恒例の連合稽古を欠席。この日は姿を見せただけで、他の関取衆が申し合いを行う横で四股、すり足で稽古を終えた。

 「(回復具合は)まあ何とも言えない。思うようにいかない面もありますけど」と万全には遠いことを示唆。「その時が来たら、いろいろ考えることはある」とし、8日までに出場の可否を最終決断する。

稀勢の里が休場 5日で4敗…5場所連続

5日目までに4敗を喫していた大相撲の横綱・稀勢の里が初場所6日目の19日、休場することが決まった。休場は5場所連続6度目。

 稀勢の里は前日18日の5日目、平幕・嘉風を攻めきれずに押し倒しで敗れた。昨年九州場所に続く3日連続金星配給で、5日目までに横綱が4敗となるのは15日制が定着した1949年夏場所以降で3度目。支度部屋では無言を貫いた。

■稀勢“差し違え”負け 4場所連続初日● 再起へ波乱の船出

またしても同じ光景が繰り返された。結び前の一番で敗れた稀勢の里は、負け残りの土俵下でぶぜんとした表情を浮かべた。支度部屋の風呂から出てまげを直す際にも、何事かを考えている様子だった。報道陣の質問に対しては「また明日、しっかりやりますよ」「まあねえ、ここから」「明日は明日でしっかりやるだけ」と言葉少な。敗れた相撲は振り返らず、すぐに2日目を見据えた。

 目前で勝利を逃した。九州場所4日目に金星を与えていた貴景勝との一番。前回は防戦一方の末に突き出しで敗れたが、この日は突き、押しにしっかり対応した。後退した場面では左からおっつけて相手の上体を起こした。勝負どころとみて一気に出たが、ここで右腕をつかまれ捨て身のとったりを食らった。左手をつくようにして向正面に落下。式守勘太夫の軍配は稀勢の里に上がったが、物言いがついた末に、行司軍配差し違えとなった。

再起を期す稀勢の里にとって、初日は鬼門になった。新横綱だった昨年春場所に2度目の優勝を飾りながら、13日目に左上腕などを負傷しながら土俵に上がり続けた代償は大きかった。夏場所から4場所連続休場。全休した秋場所以外は全て初日に敗れており、いずれも途中休場を強いられた。今場所に向けては、弟弟子の大関・高安との連日30番以上の稽古、尾車部屋や八角部屋への出稽古などで「戦える準備はできた」と手応えをつかんでいたが、簡単に勝たせてもらえなかった。

 腰痛などに苦しんだ昨年九州場所よりは状態がいい。初日を視察した横綱審議委員会の北村正任委員長(毎日新聞社名誉顧問)も「先場所に比べると力は戻っている」と話した。だが、八角理事長(元横綱・北勝海)の見方は違った。「苦しい場所というのは分かっている」と話した上で「(重さが足りないとか)言っても仕方ない。土俵に上がっているのだから」と出場を決めた以上は結果を出すことを求めた。2日目の相手は、やはり九州場所で敗れている北勝富士が相手。今場所の結果次第では来場所以降、進退問題に発展しかねない。和製横綱の試練は続く。

【大相撲初場所】鶴竜と稀勢、2横綱ともに出場明言 鶴竜「一日一日集中」 稀勢「準備できた」

大相撲の東横綱鶴竜(32)=本名マンガラジャラブ・アナンダ、モンゴル出身、井筒部屋=が初場所(14日初日・両国国技館)に出場することが11日、決まった。「場所は出ますから」と明らかにし、「一日一日集中してやるだけ」と淡々と話した。西横綱稀勢の里(31)=本名萩原寛、茨城県出身、田子ノ浦部屋=も同日「闘える準備はできた」と出場を明言した。ともに4場所連続休場からの再起を期す。

鶴竜は昨年7月の名古屋場所で右足首を負傷するなど度重なるけがに苦しんだ。順調に稽古を積んでいたが、出場の判断については慎重な姿勢だった。元横綱日馬富士の暴行問題では、止められなかったとして、1月の給与不支給の処分を受けた。

 昨年3月の春場所で左上腕などを負傷した稀勢の里は続く5月の夏場所を途中休場。その後、左足首や腰も痛めた。今場所前は横綱審議委員会による稽古総見で精彩を欠いていたが、本人は出場の意向を示していた。

■稀勢の里、10日目から休場 2場所連続で3横綱不在に

大相撲の横綱稀勢の里(31)=本名・萩原寛(ゆたか)、茨城県出身、田子ノ浦部屋=が福岡国際センターで開かれている九州場所10日目の21日から休場することになった。

 同日朝、師匠の田子ノ浦親方(元幕内隆の鶴)が日本相撲協会に「腰部挫傷・左足前距腓靱帯(ぜんきょひじんたい)損傷で約1カ月の安静加療を要す」との診断書を提出した。田子ノ浦親方は「いろんなところをかばっているし、力が入らない。休場は本人が決めました」。休場は4場所連続5度目。来年1月の初場所は成績次第で進退問題が浮上する可能性もある。

 稀勢の里にとって初の全休明けの今場所は、9日目まで4勝5敗。1場所5個の金星配給は、昭和以降でワーストタイだ。

■沈黙貫く稀勢の里 “屈辱の記録”に並ぶ

◇大相撲九州場所9日目(2017年11月20日 福岡国際センター)

 稀勢の里が“屈辱の記録”に並んだ。優勝制度ができた1906年(明42)以降、1場所で5個の金星を配給したのは、01年秋場所の武蔵丸と2人だけ。武蔵丸は11日目でのワースト記録だが、和製横綱は2日早い9日目。師匠の田子ノ浦親方(元幕内・隆の鶴)はこの日朝、「場所には出る。出るということは相撲が取れるということ」と話していたが、宝富士戦は横綱の相撲とは言えなかった。

八角理事長(元横綱・北勝海)は3場所連続休場からの再起を期す稀勢の里について、場所前に「苦しい場所になる」と見ていたが、この日は「それ以上だね」と心配した。

 過去16勝1敗と得意にしていた相手に敗れたが、10日目は千代の国戦。その後は三役以上が相手となる見通しだ。このまま休場するのか、それとも出続けるのか。稀勢の里は沈黙を貫いた。

■稀勢の里が122日ぶり本場所復帰も玉鷲に金星配給

◆大相撲九州場所初日 ●稀勢の里(押し出し)玉鷲○(12日・福岡国際センター)

 東横綱・稀勢の里(31)=田子ノ浦=が、初日に東前頭筆頭・玉鷲(32)=片男波=に押し出され初日を黒星スタートになった。

 立ち合いが3回も不成立になり審判からにらまれる微妙な空気の中、稀勢の里は攻めきれず、突き負けて押し出された。稀勢の里は名古屋場所5日目の7月13日以来、122日ぶり本場所土俵復帰だった。

 稀勢の里は名古屋場所5日目の勢戦で小手投げで敗れ、土俵下に落ちた際に負傷し、翌6日目に「左足関節靱帯(じんたい)損傷のもと、約3週間の安静加療を要する」との診断書を提出し、休場。秋場所も全休していた。

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