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【昭和】時代を駆け抜けたグループサウンズ ♪♪♪

60年代後半に当時の若い女性たちを熱狂させたバンドがありました。いつの時代も音楽は若者を熱くします。

更新日: 2017年03月20日

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m.satoakiさん

・田辺昭知とスパイダース

1965年5月、ビートルズなどイギリスのロックバンドの人気が日本にも広まる中で田辺昭知とザ・スパイダースの『フリフリ』を発売、この曲が最初のグループ・サウンズのレコードとされている。
(ウィキペディアより引用)
リーダーの田辺さん(写真・真ん中の人)はのちに芸能プロダクションを起こしています。SMAPの解散騒動のときに名前が取りざたされたりもしました。

ヒット曲:『夕陽が泣いている』、『なんとなくなんとなく』、『あの時君は若かった』など

・ジャッキー吉川とブルー・コメッツ

スパイダースとともに草分け的な存在でした。
メンバーの入れ替えがいろいろあったようですが、グループ・サウンズ全盛時代を築くメンバーがほぼ揃ったのは1965年です。
ジャケットの「ブルーシャトウ」は日本レコード大賞を受賞しているのですが、子供の僕たちが一番覚えているのは歌詞の出だしにつなげて歌った替え歌です。
本当の歌詞は「森と~泉に~、囲まれて」なのですが、これを「森トンカツ~、泉ニンニク~、か~コンニャク」と歌っていました。(笑)

ヒット曲:申し訳ありませんが、「ブルーシャトウ」しか知りません。

・タイガース

グループサウンズで一番売れたバンドでした。僕が一番好きだったのは「花の首飾り」です。解散後、ボーカルのジュリーさんはソロとして活躍し、メンバーの岸部兄弟はのちに朝の情報番組の司会者や個性的な俳優として活躍しています。

ヒット曲:
シーサイド・バウンド(1967年5月5日)、モナリザの微笑(1967年8月20日臨発)、
君だけに愛を(1968年1月5日)、銀河のロマンス など

・ザ・テンプターズ

グループサウンズの絶頂期はタイガースと人気を二分するほどでしたが、ブームが去ったあとは急速に落ちていきました。しかし、ボーカルのショーケンさんはのちに俳優として確固たる地位を確立するほど成功しました。

ヒット曲:「エメラルドの伝説」「神様お願い」など。

・オックス

「失神バンド」の異名を与えられていたのですが、あくまでパフォーマンスでした。しかし、若い女性には人気がありピーク時にはプロマイドでタイガースを上回るほどでした。ボーカルの野口さんと赤松さんで人気を二分していました。野口さんは解散後演歌歌手になっています。

ヒット曲:「スワンの涙」「ガールフレンド」など

・ザ・ワイルドワンズ

このバンドはほかのグループサウンズとは少し違った雰囲気を持っていました。アイドルっぽい路線に進まず我が道を行くっていう感じでした。
ワイルドワンズを知らない人でも「想い出の渚」は知っている人が多いのではないでしょうか。「歌い継がれる」という表現がピッタリの歌です。

・ヴィレッジ・シンガーズ

「爽やか」という表現がピッタリのグループサンズでした。ワイルドワンズと同様にほかのグループサウンズとは少し趣が違っていました。どちらかと言いますと、フォークに近い雰囲気がありました。
2000年初頭にリーダー清水さんの偽物が出没したことでマスコミの注目を集めたのが記憶に新しいところです。

ヒット曲:「亜麻色の髪の乙女」

・カーナビーツ

ボーカルの方のオカッパ頭が印象に残っています。

ヒット曲:「好きさ 好きさ 好きさ」

・ゴールデン・カップス

メンバーにはのちに銀河鉄道999などのヒットを放つゴダイゴのリーダーになるミッキー吉野さんやのちにレイニーウッドを結成する柳ジョージさんがいます。実力派という感じのバンドでした。

ヒット曲:「長い髪の少女」

〇 まとめ

各グループの活動期間を見ますとわかりますように、ほとんどのグループが2~3年で解散に至っています。結局は、ブームがある間に大きく儲けようと企む大人たちが若者を都合よく利用していたように感じます。
いつの時代もそうですが、芸能界というところは「大人が若者から利益を搾取する」構造になっているように思います。そんな中でしたたかな若者や運よく良心的な大人に出会えた人だけが成功するのでしょう。若者にとってはそれもまた青春の一ページなのかもしれません。なぜなら、短期間とはいえ多くの人に夢や感動を与えることができるということは、間違いなく才能があることの証なのですから。

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