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ブルース・リーは生前、日本のすき焼きとのり巻きが大好きでした。きっかけはリーが出演した映画の撮影を担当した日本人監督との出会い。彼と撮影後、ブルース・リーは日本食レストランへ一緒に通ったそうです。ブルース・リーが日本の伝統食を好きになってくれていたとは! ブルース・リーと日本文化の橋渡し役となり、日本の素晴らしさを伝えてくれたブルース・リーゆかりの日本人を集めてみました。さらにブルース・リーロス世代の日本人もあわせて記載しています。

#1 撮影監督 西本 正

「ドラゴンへの道」「死亡遊戯」の撮影監督

西本 正(にしもと・ただし)
1921年~1997年 
 
福岡県に生まれのち家族で満州に移住。
満州映画会社の撮影部入社をきっかけに映像の世界へ。第二次大戦後、日本に帰国してから東宝で撮影監督の経験を積む。
撮影技師として一本立ちした後、香港の映画会社・ショウブラザーズに招致され、途中、新東宝に復帰するも、1974年までの13年間に香港で47本の映画に携わった。

ブルースリー主演第三弾作「ドラゴンへの道」は、ショウブラザーズから独立したゴールデン・ハーベストのレイモンド・チョウ氏とリーが共同で設立したコンコルド・プロダクションの作品である。

西本氏はチョウ氏から同映画の撮影監督の依頼を受けた。

「ドラゴンへの道」はほとんどがイタリア・ローマで撮影された。
撮影中、西本氏が通う日本料理店にリーもよく同行したという。二人はすき焼きやマグロの刺身を好んで食べた。

ローマロケから帰国後、香港での撮影においても、リーは撮影後に西本氏を中国語読みの発音で「サイブンさ~ん」と呼び「スキヤキ~」とニコニコしながら日本食に誘ったという。
リーが日本のすき焼きを気に入ってくれたのは西本氏のおかげなんですねえ。
何でもいいから、リーと日本とのつながりがあるというだけで超絶うれぴい!!!

#2 俳優 勝 新太郎

ブルースリーが敬愛し、「ドラゴン怒りの鉄拳」の敵・日本人俳優役の出演依頼を受けた俳優。

勝 新太郎(かつ ・しんたろう)
1931年11月29日 - 1997年6月21日
俳優・歌手・脚本家・映画監督・映画プロデューサー・三味線師範

俳優として男として勝氏の生き様はいい意味でもわるい意味でも型破りで破天荒。どこかブルースリーを彷彿とさせるキャラクターといえる。(二人とも超憑依型!)
映画俳優を目指したのは、ジェームスディーンとの出会いがきっかけだそうな!まさにレジェンド!

ブルースリーが影響を受けたという勝氏演じる「座頭市」。盲目の侠客(きょうかく)である座頭の市(いち)が、諸国を旅しながら驚異的な抜刀術で悪人と対峙する、アクション時代劇だ。

リーはリンダ夫人とアメリカの映画館で「座頭市」を観て以来、勝氏のファンに。

「ドラゴンへの道」のクライマックスで、リーが死闘で倒れたチャックノリスに胴衣をかけるシーンは、「座頭市」の影響によるものだ。

是非一度、「座頭市」を観ていただきたい!

#3 俳優 橋本 力

日本人柔道家役として「ドラゴン怒りの鉄拳」に出演。

橋本 力(はしもと・りき)
1933年(昭和8年)10月20日生まれ 
北海道出身 
元プロ野球選手・俳優
1960年代の特撮時代劇「大魔神」スーツアクター

勝新太郎の勝プロダクションに所属していた時、勝氏に命じられて「ドラゴン怒りの鉄拳」に出演した。

「ドラゴン怒りの鉄拳」でのブルースリーとの「日本刀」対「ヌンチャク」の気迫あふれる一騎打ちは見物だ。

橋本氏はブルースリーの印象を「とても敏捷な感じでキビキビした感じの礼儀正しい人だった」と語っている。(ひゃーうらやましいっす!!!)

#4 俳優 勝村 淳

橋本 力氏とともに日本人役として「ドラゴン怒りの鉄拳」に出演。

勝村 淳(かつむら・じゅん)

元殺陣師であり、俳優として「座頭市」シリーズで勝 新太郎のスタントも務めた。

勝村氏も橋本氏同様、勝プロダクションに所属していた時、勝氏に命じられて「ドラゴン怒りの鉄拳」に出演した。

勝村氏は橋本氏演じるスズキのボディーガード役として、仇討ちに乗り込んできたリーと対峙する。

このときのアクションシーンはすべて勝村氏による演技指導で行われた。ここで勝村氏がリーを背負い投げした際、リーが腰を痛めるというアクシデントに。

勝村氏は現在、大阪で「うたまくら」という歌声喫茶を営まれている。
店内にはリーとのゆかりの写真も貼られているようだ。
2016年7月にはスペインのブルース・リーファンクラブが発行する同人誌の取材も受けている!
そんな勝村氏の「ブルース・リーを投げ飛ばした男、勝村 淳。」ブログはこちら↓

#5 俳優 倉田 保昭

ブルース・リーにヌンチャクをプレゼントした俳優

倉田保昭(くらた・やすあき)
1946年3月20日生まれ
茨城県出身
空手:7段 柔道:3段 合気道:2段

1971年、香港のショーブラザーズ社製作による映画「悪客」で香港映画デビューを果たした。
これにより香港映画界で一躍ブルース・リーとならぶスーパースターとなる。

帰国後、「和製ドラゴン」とも呼ばれ、ドラマ「Gメン75」で人気を博した。

現在は株式会社倉田プロモーションの代表取締役として、アクション俳優育成に取り組む。

香港在住時、リーの自宅近くに住んでいたこともありリーと私生活で交友があったようだ。(お茶によばれたとか!うらやましい!)

この写真、ご覧いただくとわかるように、倉田氏もまたリー同様、小柄で身長はなんと173cmなのだ。
それにしてもまあ、二人ともイケメンですこと。

リーのひょうきんな表情がたまらない!
後ろで微笑するのはリンダ夫人。

#6 截拳道正式継承者 中村 頼永

出典ameblo.jp

截拳道(ジークンドー)正式継承者、ジークンドーシニア・インストラクター

中村 頼永 (YORI NAKAMURA)
1963年12月19日生まれ
三重県出身
アメリカ在住

中学2年の時、劇場でみた『死亡遊戯』の予告編に映し出されたブルース・リーの勇姿に「電流が走った」という。その後、“ドラゴンへの道”を邁進、東洋人初のジークンドーシニア・インストラクターとなる。

IUMA日本振藩國術館 主宰
『ブルース・リーファウンデーション』米国本部の『ジュンファン・ジークンドー諮問委員』名誉理事、同日本支部最高顧問

中村氏は1989年1月に渡米、ブルース・リーに認められた截拳道最高ランク保持者、ダン・イノサントの門下生となる。その後わずか3年で東洋人初のダン・イノサント認定のイノサントアカデミー・アソシエイトインストラクターに認定を受ける。

1999 年1月には東洋人初のジークンドーシニア・インストラクターとしての認定を受け、截拳道の正式継承者の一人となった。

現在は截拳道正式継承者として、アメリカやヨーロッパなどでジークンドー講習会を開催するなど、截拳道の普及に尽力している。

中村氏監修によるブルース・リー関連の著作は多数あるが、なかでも2011年、増補(新装)版として刊行された『Tao of Jeet Kune Do』に3ページに渡る洞察文を寄稿するという偉業を成し遂げた。

『Tao of Jeet Kune Do』はブルース・リー著により1970年代に発行されて以来、世界的ベストセラー&ロングセラーを続ける貴重な武道BOOKである。

中村氏による寄稿は、出版関係者をはじめ、ダン・イノサント、リンダ夫人、娘シャノンも賞賛するほど、“簡潔でわかりやすい哲学”で表現されている。

#7 俳優 藤岡 弘

「ドラゴン危機一髪」の日本語吹き替え版にて、ブルースリー演じるチェン役の声を担当した俳優

藤岡 弘(ふじおか・ひろし)
1946年2月19日生まれ
愛媛県出身
俳優・武道家

1971年に放映された『仮面ライダー』の主人公・本郷猛役で人気を博した。

1984年、ハリウッド映画「SFソードキル」の主役に抜擢され、国際俳優として日本人初のスクリーン・アクターズ・ギルド(全米映画俳優組合)メンバーとなる。リー同様、ハリウッド進出を果たしている稀少な東洋人俳優の一人だ。

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LUCACHANさん

とにかく食べることが大好き女子★リーズナブル&旨いのコスパアンテナを常に張り巡らし、
外出先、旅先のグルメ処を開拓する日々です。今日も安くて旨い店を探求中!

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