引退後は種牡馬としてシンジケートが組まれ、キーミノブ(ペガサスステークス・毎日杯)を初めとして3頭の重賞勝ち馬を送り出した。だが、同期のマルゼンスキーに比べ自身の戦績に匹敵する馬に恵まれなかったのが祟り、種付け件数は次第に少なくなり、1991年を最後に採算割れの為にシンジケート解散となった。シンジケート解散後も1993年まで北斗牧場で繋養されていたが、同牧場から離れる前に「功労馬が哀れな姿になるのは忍びないから、なんとかしてくれ」という手紙が届いていたこともあった。しかし北斗牧場を離れた後は行方不明となっている。「屠殺場に送られた」、「当て馬になっている」等の噂が流れていたが、その後の消息は未だに不明である。
なお、母のカネヒムロが繁殖引退後にJRAの施設で余生を送っていた事もあり、「八大競走勝ち馬のこの馬が、なぜ牧場から出されて消息不明になったのか?」と、馬主や牧場のこの馬への扱いに疑問が持たれている。

出典カネミノブ - Wikipedia

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