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【恐怖】「処刑」「拷問」イギリスにある幽霊屋敷の「黒い歴史」

イギリスの幽霊屋敷は公開されている所が多く宿泊出来る所もあります。 もともとは宮殿、要塞だったものが多く監獄、処刑場としての黒い歴史が残っています。

更新日: 2018年05月07日

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かきピーさん

ロンドン塔

長い歴史の間に国王が居住する宮殿として1625年まで使われ、その間、14〜19世紀にかけては、造幣所、天文台でもあり、1640年までは銀行、13世紀から1834年までは、王立動物園でもあった。なお、ロンドン塔に最後に居住した王はジェームズ1世とされる
出典
ロンドン塔 - Wikipedia

1282年からは、身分の高い政治犯を幽閉、処刑する監獄としても使用されはじめ、やがて14世紀以降は、政敵や反逆者を処刑する処刑場となった。第二次世界大戦中の1941年から1944年にかけては、対英和平交渉を結ぶべくドイツから単独で飛来し捕虜となったルドルフ・ヘスが幽閉された。

アン・ブーリンは、イングランド王ヘンリー8世の2番目の王妃、エリザベス1世の生母である。父の代で名字の綴りを Bullen から Boleyn に変更したが、アン自身も Nan Bullen と呼ばれることがあった。Wikipedia
16世紀のイギリスの国王ヘンリー8世の王妃だったが、王妃になってわずか3年後には不倫の罪を問われて処刑される
450年も前から、この城の勤務簿には何月何日にアンの幽霊がどこに出たか細かく記録されているという

在位1483年4月10日 - 6月26日
戴冠戴冠せず
出生1470年11月4日
イングランド王国の旗 イングランド王国、ウェストミンスター
死去1483年7月6日(満12歳没)?
王朝ヨーク朝
父親エドワード4世
母親エリザベス・ウッドヴィル
宗教キリスト教カトリック教会
出典
エドワード5世 (イングランド王) - Wikipedia
エドワード4世の王子。父の死後ロンドン塔に連れ込まれたまま行方不明となった。王位を簒奪したリチャード3世が殺害したとされる。1624年に二人の子供の骸骨が発見されている。

ハンプトン・コート宮殿

ヘンリー8世の王妃ジェーン・シーモアは1537年にハンプトン・コートでのちのエドワード6世を出産したが、12日後に死去した。彼女の幽霊は、いまだ宮殿の階段に頻繁に現れるといわれている
出典
ハンプトン・コート宮殿 - Wikipedia

ヘンリー8世の妃キャサリン・ハワードは、1542年に王の護衛に逮捕され引きずり出される直前、王の救いを求めてロング・ギャラリーを悲鳴を上げながら走っていったといわれている。彼女の幽霊も宮殿に現れ、時々ロング・ギャラリーの廊下で悲鳴が聞こえるといわれる。他にアン・ブーリンの幽霊や、悪名高いヘンリー8世自身の幽霊が現れるという報告もある。
出典
ハンプトン・コート宮殿 - Wikipedia

キャサリン・ハワード(英語: Catherine / Katherine Howard, 1521年? - 1542年2月13日)は、イングランド王ヘンリー8世の5番目の王妃(1540年結婚、1542年離婚)。父は第2代ノーフォーク公トマス・ハワードの息子エドムンド・ハワード(第3代ノーフォーク公トマス・ハワードの異母弟)、母はジョイス・カルペパー。2番目の王妃アン・ブーリンの従妹に当たる。
出典
キャサリン・ハワード - Wikipedia
結婚1年半後に反逆罪で処刑された

キャサリンは遠縁のトマス・カルペパーや以前に恋人であったフランシス・デレハムらと関係があったと国王の側近に訴えられ(カトリックのキャサリンは、家臣のうちプロテスタントの者に疎まれていた)、国王に姦通を疑われ、逮捕された。

キャサリンが夫ヘンリー8世に直訴しようとしたハンプトン・コート宮殿の廊下は、今もキャサリンの幽霊が無実を訴えようと出没する怪奇スポット「ホーンテッド・ギャラリー」(幽霊の廊下)として、世界的に知られている。

バークリー・スクエア50番地

18世紀に建てられたタウンハウスで、1770年から1827年にかけて、イギリス元首相のジョージ・カニングが住んでいた。この家で自殺した若い女性の霊が出ると言われているが、1937年からこの場所で営業をしているマッグズ古書店の人間で幽霊を見たものはいないと言う(過去に一人、霞のようなものを見たとする人物はいたらしい)。

ブルックサイド劇場

この劇場は元々、第二次世界大戦の記念館として建設された建物で、その時からすでに原因不明の現象が発生していたと言われた。

密室であるにもかかわらず、きれいに並べられた椅子の中央部分が突如移動し、白い物体が飛び交っているのが映し出されていた。

暴力的なポルターガイスト現象を引き起こす幽霊「ブラックモンク」

イギリス、ヨーク地方南西部にあるポンテフラクトという町のイーストドライブ30番に建つプリチャード家には、暴力的なポルターガイスト現象を引き起こす、「ブラックモンク」なる幽霊が存在するいわれている。

黒装束に身を包んでいるという「ブラックモンク」なる幽霊は、物が勝手に動き出す、髪を掴まれる、階段を引きずられる、という怪奇現象を起こすとされている。

1966年8月に目撃されて以来、頻繁に怪奇現象が起こるこの家は、イギリスで最も怖いリアルお化け屋敷として知れ渡った。

この家での出来事を2012年、ホラー映画化「サリー-死霊と戯れる少女- (When the lights went out)」

レインハムホール

この屋敷は1936年にブラウンレディ(茶色の夫人)と呼ばれる幽霊の写真が撮影されたことで世界的に有名な場所となった。

1936年の12月26日発売の「カントリーライフ」誌に掲載され、大反響を呼んだ。100年前から幽霊の目撃談の絶えない屋敷だったが、写真に収められたのは、これが初めてのことで写真の幽霊は「Brown Lady(褐色の貴婦人)」という名が付けられ「世界一有名な心霊写真」といわれた。

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