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沖縄の【ヤバい】心霊スポット・廃墟23ヶ所

沖縄の心霊スポット、廃墟についてまとめました。メインは心霊スポットで廃墟はおまけ程度にまとめてあります。

更新日: 2017年05月15日

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この記事は私がまとめました

ガードレールに赤字で「SSS」と書かれていたためこの名前が付いているが森川公園、大山貝塚と並びユタ(沖縄のシャーマン・祈祷師のことで、神人ともいわれている)の三大修行場と言われている場所である。
幻覚が見える、突然頭痛や吐き気がおこる、など原因不明の現象が起こるようだ。。

ユタの三大修行場の一つで現在も礼拝する人がいる神聖な場所で以前は「この先霊域につき立ち入り禁止」などと書かれた看板もあったようだ。
霊感のある人が近づくと頭痛や肩が重くなったように感じるという場所で、複数の日本兵の霊が出る、大きな穴があり落ちたら絶対に出られない、などの噂がある。
カップルの惨殺事件なども起こっているようで夜は訪れないことをお勧めする。

SSSと森川公園と合わせてユタ(沖縄のシャーマン)三大修行場と言われている霊場で沖縄で最も恐ろしい心霊スポットとも言われている。ユタの人によれば画像中央の建物より奥は「死者の世界」となっているらしく、侵入すれば命の保証がないとの事・・また戦時中には防空壕としても使われていたようだ。
男や女の呻き声が聞こえた、訪れると必ずケガや病気になる、鞠をつく子供の霊が出て鞠を受け取ると死ぬ、老婆の霊が出る、など多様な体験談がある。
「月曜から夜更かし」という日本テレビの番組でも紹介された。

一家心中や囚人が脱獄して家族を惨殺したと噂される廃墟。それらの不幸を供養するために七福神の置物を祀った、と言われているためこの名で呼ばれている。
押入れの周辺で女性の霊が出る、2階に上がる階段の下に老婆の霊が出る、と言われている。
内部は激しく荒れており床は抜け、トイレやお風呂も破壊されている状態だ。
火事があったという情報もある。

「アブチラガマ」と読む
沖縄戦時に陸軍病院の分室として使用され、当時600人以上の負傷者でこの洞窟は埋め尽くされていたと言われている。歩行できない傷病兵は毒薬を盛られたとも、、またアメリカ軍による火炎放射の跡も残っている。
ここでは幽霊より怖い人間を感じれる場所で、また戦争で亡くなった人々を弔う場所である。

鬱蒼と茂った緑の中、山の頂上あたりにでかでかと鎮座するコンクリートの廃墟「なかぐすくこうげんホテル」と読む。
城跡に観光客誘致のため1970年頃に建設がスタートしたが建設途中に建設会社が倒産し、そのまま30年以上にわたって放置されているらしいが2年ほど稼働していたとも言われている。
子どもの霊が出るらしい。
立ち入り禁止の廃墟だが内部は落書きで埋め尽くされている。
廃墟「中城城跡高原ホテル」というDVDも発売されている。

沖縄の最も南に位置する岬で沖縄戦の際に、逃げ場を失い南下した日本兵や住民の最後の場所でありこの場所で最期を終えるものも多かったようだ(高台に逃げ込むわけはないという意見もある)。
断崖絶壁のため現在も自殺者が多くいるようである。
兵隊やけがをした人の霊、鼻のない女性の霊が出るという噂があるようだ。

現在でも語られる戦時中の沖縄において、ひめゆり学徒隊だけが有名だが当時学徒隊は全部で9つあり、その一つが沖縄県立第二高等女学校の四年生によって編隊された白梅学徒隊である。
米軍の猛攻によって46人中22人が戦死。

夜に訪れると女学生の幽霊が出るという噂がある。

幽霊が出ると言われている二つ穴があるトンネル。
トンネルの上に「玉城朝薫の墓」という史跡があり、またトンネルの隣には霊園がある。さらにはこの地域は防空壕が多かったようで霊が出る要素はかなりあるようだ。
2つのトンネルのうち片方だけがずっと工事中なのも何か変わった理由があるのかもしれない・・

沖縄本島の最北端に位置し万座毛と並ぶ沖縄を代表する絶景スポットで「へどみさき」と読みます。
1972年に沖縄が返還された際「日本祖国復帰闘争碑」を設置しており、沖縄の歴史を感じれる場所にもなっている。
車で訪れると窓ガラスに血の付いた手跡が残る、心霊写真が撮れるというようなことが言われている。
夏にはハブも出るのでそっちの意味でも注意が必要だ。

「たまうどぅん」と読む。首里城からすぐ近くにあり、琉球王国の第3代目の尚真王が父である尚円王を埋葬するために造った建物である。
沖縄特有の破風墓の一つとなっており、観光客にはパワースポットと認知されている。
「資格のない者をこの墓に葬った者は子々孫々まで呪われる」と書かれた史跡があるようだ・・
2000年12月には世界遺産に登録された。

「まんざもう」と読みます。象の鼻のようなシルエットのサンゴ岩から見える絶景は沖縄を代表する観光スポットとなっているが自殺の名所でもあるため、うろうろしているとお土産屋の人に心配されるようだ。
また戦時中には集団での投身自殺もあったようで、それが原因なのか、男性のうめき声、防空頭巾をかぶった人の行列、金縛り、などの噂がある。
岩肌が変わった形をしているので心霊写真が取れるとも言われている。
名前の由来は「万人が座れる野原」

島と言っても陸路でつながっており車で行くことができる島になっている。
島の一部に人が亡くなったときに廻る御嶽(霊場)があるようで、焼身自殺した人の霊、老人の霊などの噂があるようだ。また現在は開発が進められているが以前は自殺者が多くいたようで白骨死体などが見つかっている。
観光振興地域に指定されており、2015年に「瀬長島ウミカジテラス」という商業施設ができるなど、リゾート開発が進められている。

住宅街のポツンと残る森自体が化け物という変わった場所。戦前までこの辺りは海だったようで、ガーナ―森は海に浮かんでいる巨大な化け物のように見えたようだ。
言い伝えではこの森は自由に動き回り人を食い殺したという・・困った村人は神様にお願いし怪物が動けなくなるようにしてほしいと願ったところ神様は2つの巨石を投げつけ押さえつけた、らしい。
地元民からは現在も聖地として崇められている。

「せーふぁうたき」と読む。御嶽とは「祭祀などを行う場所」という意味で、斎場御嶽は15~16世紀のものと言われている。
左の画像は御嶽の中にある三庫理(さんぐーい)という岩を三角に切り取ったような有名な場所。
カメラが急に動かなくなったなどの噂があるようだ。
2000年に世界遺産に登録された。

宮古列島の島のひとつで、宮古島から北の方に4kmほどの場所に位置する。
数十人ほど住民がいるが、集落以外の場所が聖域とされ立ち入り禁止になっている。
1966年沖縄タイムスが島に財宝が眠っているという見出しの記事を掲載したところ、財宝目当ての人々が集まり散策したが財宝は出てこず、それどころか散策した人々は謎の死を遂げたという。。

正式名称は「安波のタナガーグムイ植物群落」という。名前の意味は手長エビ(タナガー)のこもる場所(クムイ)という意味のようだ。
手つかずの大自然が楽しめる場所だが、毎年のように溺死者がでるようで(水深が深く、また立ち入り禁止の危ない場所が多い)夜に訪れると水没者の霊が出ると言われている。。

ガマというのは「洞窟」を意味し、どちらも洞窟であるが1945年米軍が沖縄本土に上陸し激しさを増す中、人々がガマに逃げ込むとチビチリガマに逃げ込んだ人達は集団自殺し、シムクガマに逃げ込んだ人は助かった、ということで対比がされてる(沖縄は洞窟や鍾乳洞がかなり多くある)
シムクガマのほうは英語を理解できる人がいたため助かり、チビチリガマのほうはいなかったため80人以上の人が亡くなってしまった悲しい場所である・・

ゆいレール(沖縄のモノレール)「美栄橋」から歩いてすぐのこんもりとした小さな森。
この森に七つの墓があったことからこのような名前が付いているがこの場所にはある幽霊話がある。
昔、この岩山近くのお店に子供のお菓子を買う女性がたびたび現れた。その女性が置いていくお金が翌日には紙に変わるので不思議に思った店の主人がある日その女性の後をつけていくと、墓の中に入っていた。墓の中を覗いてみると死んだ女性の傍らで赤ん坊が飴をしゃぶっていたという。
「子育て幽霊」という全国に似たような話がたくさんあり、かなり古くからある幽霊スポットである。

「あらぐすじま」と読み、現地の人にはパナリ島(離れ島)と言われているようだ。
この島には豊年祭というアカマタ・クロマタ(来訪神)を祀り、島の関係者(400人程と言われている)だけで行われる秘祭がある。黒いうわさも流れているが、撮影・スケッチなどすべて禁止のため実態は不明である。。
人魚神社(ジュゴン寺)というものがありジュゴンの骨が祀られている。

国場川に架かる橋で「まだんばし」と読む。
この橋が最初に建設された1522年(第三代琉球国王の尚真王時代)なんど橋をかけても水に流されてしまったため巫女の助言により人柱を建てたという民話があり、そのためか女性の霊がたびたび目撃されるという。。
近くには祠もあり悪さをすると祟りが起きると言われている。

塔という名称がついているがよくある横長の慰霊碑となっており、ひめゆり(漢字で書くと姫百合)学徒隊にちなんでその名がつけられた。
ひめゆり学徒隊は女子生徒222人と引率教師18名合わせて240人の部隊で米軍の沖縄上陸の際に240人のうち136人が死亡している。
写真のオーブや不可解なものが写るという噂があるようだが特に悪さをするものではないようだ。
1989年に建設された併設のひめゆり平和祈念資料館には犠牲者の遺品などが残っている。
石野径一郎の小説で有名になり、それに続き様々なものの題材となっているため慰霊に訪れるひとが絶えない。

沖縄南部の那覇市の隣に位置する浦添市にある公園。巨大ローラースライダーなどもあり親子連れに人気のスポットだが、公園内には多くの史跡が残っており、また太平洋戦争の際にかなり多くの人が亡くなった激戦地となっていたようである。
歩く兵隊の霊、子連れの女性の霊、半透明の羽衣の様なものを纏った幽霊など多くの心霊現象が報告されている。。

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