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【元ロッテ・大松尚逸】待っていた瞬間

君がアキレス腱を断裂したあの時が頭からはなれない。痛みに倒れ、担架で運ばれていく君。そして、再び僕らの前に現れた君は、ユニフォームを着替え、バットから放たれた白球は遠く伸び続け、グランドに落ちた瞬間は僕らには滲んで見えなかった。お帰りなさい、僕らの大松尚逸。

更新日: 2017年04月15日

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ヤクルト大松「思い切りいこうと」7回に2点適時打

<広島6-2ヤクルト>◇9日◇マツダスタジアム

 ヤクルト大松尚逸内野手(34)が代打で一時は逆転となる適時打を放った。

 1点を追う7回2死一、二塁で谷内に代わり打席に立つ。カウント2-1からの4球目、129キロのチェンジアップを振りぬいた。打球は右翼方向へ飛び、ワンバウンドでフェンスに当たり、走者2人が一気に生還。逆転の2点適時打となった。

 「こういう展開だったのでしっかりと思い切りいこうと思っていました。いい結果が出て良かったです」と喜んだ。

大松尚逸プロフィール

出身地 石川県金沢市
生年月日 1982年6月16日(34歳)
身長・体重 184 cm 93 kg
血液型 B型
投球・打席 左投左打
ポジション 一塁手、左翼手
プロ入り2004年 ドラフト5巡目
初出場2005年7月12日

金沢高等学校→東海大学→千葉ロッテマリーンズ (2005 - 2016)→東京ヤクルトスワローズ (2017 - )

プロ入り前

東海大学ではリーグ通算10本塁打やベストナインに3度選出され、2004年の日米大学野球では日本の主将を務めMVPに輝く等、プロからも注目を集めるとこの年のドラフト会議で千葉ロッテマリーンズから5位指名をプロ入りを果たします。

ロッテ時代の大松尚逸

ルーキーイヤーは主に二軍の公式戦に出場しますが、打率288/本塁打14と長打力のあるバッティングで活躍します。

プロ2年目はシーズン序盤から一軍公式戦に出場すると西武のエース・西口文也投手から一軍プロ初本塁打となる満塁本塁打を放ち、その後プロ12年間で満塁本塁打を放ったのは計6本で「満塁男」と呼ばれるほど勝負強いバッティングが魅力です。

特に2008年は134試合に出場し打率262/本塁打24のキャリアハイとなる成績を残し、その後も19本、16本と3年連続二桁本塁打を放ち長距離打者としてチームの主力として貢献していきます。

しかし2011年からは次第に成績が下降していき出場回数も激減していくと、2013年と2015年は本塁打0という結果に終わります。
そして昨シーズンの2016年5月の二軍の試合で右アキレス腱を断裂する大ケガを負い、一軍公式戦未出場でシーズンを終えます。

アキレス腱断裂

「ふっ」

 右足から何かが解放された妙な感覚だった。

 次の瞬間、足の自由が利かなくなり、184cm、93kgの大きな体は崩れ落ちるように転倒した。2016年5月29日の荘銀日新スタジアム、イースタンリーグ公式戦。大松尚逸の2016年シーズンは、12年間のプロ野球生活で初めて一軍のバッターボックスに立つことなく、シーズン半ばで終わった。

「右足アキレス腱断裂」

ただならぬ事態を察したチームメイトが、タイムをとって大松に近寄ってきた。
「うわーっ、これ切れてますよ。痛くないんですか?」
「痛くないよ」
 大松もただ平然と返した。

手術は怪我をした翌日に行われた。今年で34歳、迷っている暇などなかった。入院は術後1週間の予定だったが、病院のベッドでただ寝ているだけの生活が耐えられなくなり、医師と相談、術後4日で早々に退院した。

リハビリ

アキレス腱は切れた部分を重ねてくっつけている状態なので以前の長さよりは短くなっているんですよ。でもくっつけた場所は元のようには伸びないので、それ以外の箇所を徐々に伸ばしていくリハビリで、今まで使ってこなかった腱を伸ばしながら、角度をつけていかなきゃいけないので本当にきつかったし、しんどかったです。

足首の腱を伸ばす度に、涙と脂汗が滲んできた。

「もう、元には戻らないんじゃないか」

 今にも千切れそうな気持ちを必死に繋ぎ止めながら、苦しいリハビリにも耐えた。

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