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【NCAA】名門UCLA ブルーインズ @UCLAMBB 出身 #NBA 選手まとめ

NCAAトーナメント最多優勝11回を誇り前人未到の7連覇、公式戦88連勝の偉業を成し遂げた名門UCLA ブルーインズ出身選手まとめ。

更新日: 2019年06月29日

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hakatanotoraさん

数あるUCLAスポーツ・チームの中でも男子バスケット・チームの活躍は目覚しく、UCLAのカレッジ・スポーツを代表するチームと言っても過言ではない。

1964年から1975年 (66年、74年を除く) までの連続7回の優勝は、伝説とまで言われている。

全米大学体育協会(NCAA)が主催する男子バスケットボール大会、NCAAトーナメントで最多11回を誇る

UCLAバスケットボール黄金時代を築き、20世紀最高の指導者とうたわれたジョン・ウッデンコーチである。

彼がUCLAで指導した13年間で、UCLA男子バスケットボール・チームは10回の全米優勝を飾り、内1964年から1975年 (66年、74年を除く) までの連続7回の優勝は、伝説とまで言われている。

生涯勝率8割、660勝をあげた稀代の名将。『UCLAカット』というオフェンスシステムを発案。1970年代にUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)を率いて黄金時代を作り上げた。

NCAA全米選手権を13年で10回も制覇

UCLAはジョン・ウッデンに率いられ、NCAA全米選手権を13年で10回も制覇した。そのうち7連覇を含んだ。ジョン・ウッデンはカリーム・アブドゥル・ジャバーを擁して、88連勝という前人未踏の記録も打ち立てた。これだけでもとてつもないことだ。

ジョン・ウッデンの発案したオフェンス・パターン。ポイント・ガードがハイポストのスクリーンを利用してカットしていくパターンで、今ではバスケットボールのオフェンスの「定石」となっている。

以下、有名出身選手…

ウォルト・ハザード(1961-1964、ロサンゼルス・レイカーズ他)

名  前:ウォルト・ラファエル・ハザード Jr.
     マフディー・アブドゥル=ラーマン
国  籍:アメリカ
生年月日:1942年4月15日
没年月日:2011年11月18日(満69歳没)
ポ ジ ション:PG
在学期間:1961-1964
ドラフト:1964年 地域指名
経  歴;ロサンゼルス・レイカーズ
     シアトル・スーパーソニックス
     アトランタ・ホークス
     バッファロー・ブレーブス
     ゴールデンステート・ウォリアーズ
     シアトル・スーパーソニックス

初のNCAAトーナメント優勝に導き、その後はプロリーグNBA入り

UCLA時代は同校を初のNCAAトーナメント優勝に導き、その後はプロリーグNBA入り。

UCLAではジョン・ウッデン指揮の下、ゲイル・グッドリッチと共に強力なバックコートを形成しチームを牽引。1963-64シーズンには同校を無敗でNCAAトーナメント初優勝に導き、後に続く9回の優勝、七連覇とUCLAの黄金期への道を拓いた。

個人としてはトーナメント最優秀選手、USBWA(全米バスケットボール記者協会)選出のカレッジ年間最優秀選手、オールアメリカンチームに選ばれ、背番号『42』はUCLAの永久欠番となった(後にケビン・ラブに42番の着用を許可する)。

1984年から母校UCLAのヘッドコーチに就任(ウォルト・ハザードの名で活動した)。同じ年にUCLA体育殿堂入りした。

4シーズン指揮し、125試合で77勝をあげ、1985年にはNIT優勝、1987年にはPac-10のレギュラーシーズン優勝とトーナメント優勝に導いている。

ゲイル・グッドリッチ(1962-1965、ロサンゼルス・レイカーズ他)

名  前:ゲイル・チャールズ・グッドリッチ Jr.
国  籍:アメリカ
生年月日:1943年4月23日
ポ ジ ション:SG / PG
在学期間:1962-1965
ドラフト:1965年 地域指名
経  歴;ロサンゼルス・レイカーズ
     フェニックス・サンズ
     ロサンゼルス・レイカーズ
     ニューオーリンズ・ジャズ

チームを30戦全勝に導き、UCLAに初のNCAAトーナメント優勝をもたらした

伝説的なコーチ、ジョン・ウッデン指導の下、グッドリッチは知的なボールハンドリング技術と優れたコートビジョンを備えた司令塔としてUCLAを率い、1963-64シーズンにはチームトップとなる平均21.5得点を記録してチームを30戦全勝に導き、UCLAに初のNCAAトーナメント優勝をもたらした。翌1964-65シーズンは平均24.6得点をあげ、NCAAトーナメント連覇も果たす。

ミシガン大学を破って優勝を果たした1965年のNCAAトーナメント決勝では42得点を記録。

これはやはりUCLAのビル・ウォルトンに破られるまで、NCAAトーナメント決勝試合の最多得点記録であり、2008年現在は歴代2位の記録である。

通算1690得点は彼が卒業する時点でUCLAの新記録だった

最終学年にはヘルムズ財団選出の年間最優秀選手(ビル・ブラッドリーと共同受賞)を受賞し、1964年と1965年にはオールアメリカ、NCAAトーナメントFinal4・オールトーナメントチームに選ばれた。

UCLAでの3シーズンのキャリア通算成績は19.0得点4.7リバウンドとなり、彼の在学中のUCLAの成績は78勝11敗だった。通算1690得点は彼が卒業する時点でUCLAの新記録だった。

カリーム・アブドゥル=ジャバー(1966–1969、ロサンゼルス・レイカーズ他)

名  前:カリーム・アブドゥル=ジャバー
     フェルナンド・ルイス・アルシンダー Jr.
国  籍:アメリカ
生年月日:1947年4月16日
ポ ジ ション:C
在学期間:1966–1969
ドラフト:1969年 2位
経  歴;ミルウォーキー・バックス
     ロサンゼルス・レイカーズ

3年連続でNCAAトーナメントを制覇する原動力に

当時NCAAは1年生のベンチ入りを認めていなかったが、練習で彼は1年生チームを率い、当時の全米大学チャンピオンだったUCLAの1軍チームに勝ってしまった。

2年生になり主力選手としてプレーするようになると、各誌の年間最優秀選手やオールアメリカンに選出。ジョン・ウッデン監督のもとチームの1967年から3年連続でNCAAトーナメントを制覇する原動力となり、3度のトーナメント最優秀選手賞、ネイスミス賞なども受賞している。

アルシンダーが在籍した当時のUCLAバスケットチームはNCAAトーナメント7連覇など最強だった時代で、在学中にアルシンダーはほとんど敗戦を経験しなかった。

しかし、対戦相手に目を攻められ、角膜を損傷して入院するという憂き目にもあっている。その角膜がまだ完治していない時にエルビン・ヘイズ率いるヒューストン大学と対戦し、ほとんど唯一といっていい敗戦となったことがある。

この当時のNCAAはカンザス大学のウィルト・チェンバレンがあまりに破壊的なプレーを見せた後であった。新たに入学してきたアルシンダーの段違いの能力を見せつけられた関係者は他の大学生たちが彼らのまねをして派手なプレーにばかり走ることを心配し、また長身選手に有利になりすぎないようにとダンクシュートなどいくつかのプレーを禁止にしていた。

しかし、アルシンダーはそのハンディを「スカイフック」というシュートを身につけることで克服している。

シドニー・ウィックス(1969-1971、ポートランド・トレイルブレイザーズ他)

名  前:シドニー・ウィックス
国  籍:アメリカ
生年月日:1949年9月19日
ポ ジ ション:PF
在学期間:1969-1971
ドラフト:1971年 2位
経  歴;ポートランド・トレイルブレイザーズ
     ボストン・セルティックス
     サンディエゴ・クリッパーズ

UCLAは見事に三連覇を達成した

(ジャバー卒業後)多くの人々は大スターの居ないUCLAの三連覇を否定したが、ウィックスがアルシンダーの穴を埋める活躍を見せ、1969-70シーズンは18.6得点11.9リバウンドの成績を残した。

UCLAは周囲の予想に反してトーナメントを勝ち抜き、決勝でジャクソンビル大学と対決。

69-70シーズンは18.6得点11.9リバウンドの成績を残した。UCLAは周囲の予想に反してトーナメントを勝ち抜き勝利に導き、UCLAは見事に三連覇を達成した。

ウィックスは大会MVPにあたるMost Outstanding PlayerとAP通信選出のオールアメリカ3rdチーム、ヘルムズ・アスレチック財団年間最優秀選手に選ばれている。

翌シーズンのウィックスも素晴らしく、21.3得点12.8リバウンドをあげ、UCLAをNCAA四連覇に導いた。

1970-71シーズンのウィックスも素晴らしく、21.3得点12.8リバウンドをあげ、UCLAをNCAA四連覇に導き、オールアメリカ1stチームと、全米バスケットボール記者協会及びThe Sporting News選出の年間最優秀選手に選ばれる。

後にUCLAはウィックスの背番号『35』を永久欠番に指定した。

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