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【NCAA】#NBA 予備校ケンタッキー大学ワイルドキャッツ@KentuckyMBB 出身選手まとめ

2010年からケンタッキー大学HCに就任して僅か7年で30人以上のNBA選手を輩出したジョン・カリパリ率いるケンタッキー大学ワイルドキャッツ!

更新日: 2019年10月13日

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hakatanotoraさん

高校生のNBAドラフトへのエントリーが禁止され、最近のトレンドは大学に1シーズンだけ在籍する「One & Done」。

有力選手が次々とNBAに"巣立って"行く中、反則級のリクルートで毎年のように有望選手を獲得しているのが、ケンタッキー大学ワイルドキャッツ。

優勝回数8回はUCLAの11回に次ぐ2位。ホーム、ラップアリーナの収容人員23,500人という数字も、シラキュース大学のキャリアードームに次ぐ2位!

アメリカで一、二を争う、NBA予備校

元々大学のバスケットボール施設が充実していることもあり、リクルートは容易。”やり手コーチ”ジョン・カリパリの就任で、勧誘は全米、全世界に広がっている。2015年NBAドラフト1位指名、カール・アンソニー=タウンズはドミニカ国籍。以下、カリパリがリクルートしてきた主な選手をあげると、、、ウィリー・コーリー=ステイン、トレイ・ライルズ、デビン・ブーカー、ジュリアス・ランドル、ジェイムス・ヤング、ナーレンズ・ノエル、アンソニー・デイビス、マイケル・キッド=ギルクリスト、テレンス・ジョーンズ、マーキス・ティーグ、エネス・カンター、ブランドン・ナイト、ジョン・ウォール、デマーカス・カズンズ

2010年からケンタッキー大学HCに就任して僅か7年で30人以上のNBA選手を輩出したジョン・カリパリ。

以下、有名出身選手…

フランク・ラムジー(1950–1954、ボストン・セルティックス)

名  前:フランク・バーノン・ラムジー Jr.
国  籍:アメリカ
生年月日:1931年7月13日
ポ ジ ション:PG / SG
在学期間:1950–1954
ドラフト:1953年 5位
経  歴;ボストン・セルティックス

2年目の1951年のNCAAトーナメントでは決勝でカンザス州立大学を破り、優勝を果たした

フランク・ラムジーことフランク・ヴァーノン・ラムジー・ジュニアはマルチな才能を有していたスポーツ選手であり、ケンタッキー大学時代はバスケットはもとより、野球選手としても活躍した。バスケットでは伝説的なコーチ、アドルフ・ラップの指導の下、アレックス・グローザやクリフ・ヘイガンらと共にプレイし、2年目の1951年のNCAAトーナメントでは決勝でカンザス州立大学を破り、優勝を果たした。

1952年にカレッジバスケ全体を揺るがした一大スキャンダルに巻き込まれた

しかしラムジーは1952年にカレッジバスケ全体を揺るがした一大スキャンダルに巻き込まれた。そのスキャンダルとは金銭授受が絡んだ八百長疑惑であり、カンザス大学も渦中のチームとなり、ラムジーのチームメイトであるアレックス・グローザらが容疑を認めた。結果カンザス大学は全米大学体育協会では最も重い罰となる出場停止処分(デス・ペナルティー)を受け、ラムジーは4年目のシーズンを棒に振った。

カンザス大学のスキャンダルにラムジーは関わっていないとされている

カンザス大学のスキャンダルにラムジーは関わっていないとされているが、NBA入り後もラムジーには疑惑の目が向けられた。マディソン・スクエア・ガーデンでの試合では観客から"Fake!"の野次が飛ばされることもあった。

クリフ・ヘイガン(1950–1954、セントルイス・ホークス他)

名  前:クリフォード・オールダム・ヘイガン
国  籍:アメリカ
生年月日:1931年12月9日
ポ ジ ション:F / G
在学期間:1950–1954
ドラフト:1953年
経  歴:セントルイス・ホークス
     ダラス・チャパラルズ

アレックス・グローザやフランク・ラムジーらと共にプレイし、1951年のNCAAトーナメントでは決勝でカンザス州立大学を破り、優勝を果たした

クリフ・ヘイガンことクリフォード・オールドハム・ヘイガンは伝説的なコーチ、アドルフ・ラップの指導の下、ケンタッキー大学でプレイし、アレックス・グローザやフランク・ラムジーらと共にプレイし、1951年のNCAAトーナメントでは決勝でカンザス州立大学を破り、優勝を果たした。

しかしヘイガンは1952年にカレッジバスケ全体を揺るがした一大スキャンダルに巻き込まれた。そのスキャンダルとは金銭授受が絡んだ八百長疑惑であり、カンザス大学も渦中のチームとなり、ヘイガンのチームメイトであるアレックス・グローザらが容疑を認めた。

パット・ライリー(1964–1967、ロサンゼルス・レイカーズ他)

名  前:フランク・バーノン・ラムジー Jr.
国  籍:アメリカ
生年月日:1945年3月20日
ポ ジ ション:PF / C
在学期間:1964–1967
ドラフト:1953年 5位
経  歴:サンディエゴ・ロケッツ
     ロサンゼルス・レイカーズ
     フェニックス・サンズ

フットボールの方面でも勧誘を受けたが、ライリーはバスケットボールの選手としてケンタッキー大学に進学

フットボールの方面でも勧誘を受けたが、ライリーはバスケットボールの選手としてケンタッキー大学に進学した。ライリーはチームのエースとして活躍し、ケンタッキー大はNCAAトーナメントの決勝に進んだがそこで敗れている。

大学を卒業すると、1967年のNBAドラフト全体7位でサンディエゴ・ロケッツに指名された。また、1967年のNFLドラフトでもダラス・カウボーイズから12巡で指名された。

ダン・イッセル(1967–1970、デンバー・ナゲッツ他)

名  前:ダニエル・ポール・イッセル
国  籍:アメリカ
生年月日:1948年10月25日
ポ ジ ション:C / PF
在学期間:1967–1970
ドラフト:
経  歴:ケンタッキー・カーネルズ
     デンバー・ナゲッツ

イッセル在学中にケンタッキー大はサウスイースタン・カンファレンストーナメント三連覇を達成

ダニエル・ポール・イッセルは伝説的なコーチ、アドルフ・ラップが指揮するケンタッキー大学でプレイ。

1967年から1970年までの3シーズンのプレイ期間中に2度のオールアメリカンに輝き、最終学年の1969-70シーズンには平均33.9得点13.2リバウンドを記録し、大学通算で2,138得点1,078リバウンド、平均25.7得点13.0リバウンドをあげた。

イッセル在学中にケンタッキー大はサウスイースタン・カンファレンストーナメント三連覇を達成。

23の大学新記録を作っている

1970年2月7日のミシシッピ大学戦では57得点をあげ、クリフ・ヘイガンが保持していた51得点を更新する同校の新記録を作っている(約40年後の2009年にジョディー・ミークスによって更新される。イッセルはこの他にも23の大学新記録を作っている)。

1970年2月7日のミシシッピ大学戦では57得点をあげ、クリフ・ヘイガンが保持していた51得点を更新する同校の新記録を作っている。

サム・ブーイ(1979–1984)、ポートランド・トレイルブレイザーズ 他)

名  前:サミュエル・ポール・ブーイ
国  籍:アメリカ
生年月日:1961年3月17日
ポ ジ ション:C
在学期間:1979–1984
ドラフト:1984年 2位
経  歴:ポートランド・トレイルブレイザーズ
     ニュージャージー・ネッツ
     ロサンジェルス・レイカーズ

失敗ドラフトの代名詞とされるサムブーイですが、オールルーキーチームに選ばれて10年間NBAでプレイしたんですよ…。ただ、この体じゃ怪我もするわ Sam Bowie Career Highlights youtu.be/Kpi_tDsXu4w

ブレイザーズ=膝の悪夢・・・ 全ての事の始まりは、Mr.サムブーイ氏から始まったと言っても過言じゃないと今も思う(1984ドラフト、素直にMJを獲得し、後にドレクスラーを駒にしてはビックマンの獲得をすればそれで良かった)

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