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没後150年「坂本龍馬」全国ゆかりの地10選

坂本龍馬が亡くなってから150年。展覧会「没後150年 坂本龍馬」が江戸東京博物館などを巡回するなど、2017年は各地で関連の催しが開催されている。土佐のイメージが強い龍馬だが、ゆかりの地は全国にある。「いろは丸」沈没事件の交渉を行った福山市鞆の浦など10か所をまとめた。

更新日: 2017年07月21日

aku1215さん

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【東京】

◆浜川砲台と龍馬像

現在の浜川中学校(東大井3-18-34)を中心とした地域は、かつて土佐国高知藩の下屋敷があり、立会川河口左岸には、ペリー再来航後の安政初年に砲台が設置されました。

若き日の坂本龍馬が、警護のために立会川河口まで往来していたとも言われ、平成22年には、北浜川児童遊園(東大井2-25-22)に「二十歳の龍馬像」が建てられました。

2010年に京浜ロータリークラブより寄贈されました。2004年に高知市より寄贈されたものに続いて2代目となります。龍馬が立会川にいたと思われる20歳頃の顔を再現しており、履物もブーツではなく草履と全国的にも珍しいブロンズ像です。

【京都】

◆寺田屋

慶応2(1866)年正月21日坂本龍馬(1835~67)も伏見奉行所の捕方に襲われた が、難を逃れた。

◆近江屋跡

近江屋は元治の兵乱以来土佐藩の用達となります。醤油商を本業として、当代の井口新助は土佐だけではなく薩長の志士たちも支援しており、その家は志士達もよく集まるところでした。

慶応3年(1867)11月15日夜半、土佐藩御用達の醤油商・近江屋にかくまわれていた龍馬と中岡慎太郎を凶刃が襲う。暗殺者は諸説あるが、京都見廻組説が有力とされている。

【兵庫】

◆神戸海軍操練所跡

海軍操練所は、幕末、外国船からの防衛のために勝海舟の発案によって幕府が開いた海軍の訓練所です。元治元年(1864)、現在の神戸税関付近に開設され、慶応元年(1865)に閉鎖されました。

龍馬は海舟と出会って、旧居留地の南側にあった神戸海軍操練所の開設を手伝い、海舟が開いた海軍塾(私塾)の塾頭を務めた。

【高知】

◆坂本龍馬像(桂浜)

高知県の青年有志が募金活動を行い,当時の金額にして2万5千円を集め建立。昭和3年5月27日午後2時,除幕式を行い姿を現した龍馬像。和服姿に懐手,ブーツ姿の龍馬は,はるか太平洋の彼方を見つめています。

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