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夏目漱石名言集 人静月同照

1867~1916 日本の作家『こころ』『明暗』

更新日: 2017年08月14日

ポケナイさん

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夏目漱石作品

1905年 吾輩は猫である、倫敦塔、幻影の盾、琴のそら音
1906年 坊っちゃん、草枕、二百十日、趣味の遺伝
1907年 野分、虞美人草
1908年 抗夫、三四郎、文鳥、夢十夜
1909年 永日小品
1910年 それから
1911年 門
1912年 彼岸過迄
1914年 行人、こころ
1915年 道草、硝子戸の中
1916年 明暗

吾輩は猫である

吾輩は猫である。名前はまだ無い。

出典吾輩は猫である

吾輩は人間と同居して彼等を観察すればするほど、彼等は我儘なものだと断言せざるを得ないようになった。

出典吾輩は猫である

いくら人間だって、そういつまでも栄えることはあるまい。気を永く猫の時節を待つのがよかろう。

出典吾輩は猫である

先達でも私の友人で送籍という男が『一夜』という短編を書きましたが、誰が読んでも朦朧としてとりとめがつかないので、当人に逢って、とくと主意のあるところを糺してみたのですが、当人もそんなことは知らないよと言ってとりあわないのです。

出典吾輩は猫である

先達ては先達でで今日は今日だ。自説が変わらないのは発達しない証拠だ。

出典吾輩は猫である

しかしすべての大事件の前には必ず小事件が起るものだ。大事件のみを述べて、小事件を逸するのは古来から歴史家の常に陥る弊竇である。

出典吾輩は猫である

呑気と見える人々も、心の底を叩いて見ると、どこか悲しい音がする。

出典吾輩は猫である

死ぬ事は苦しい。しかし死ぬ事が出来なければなお苦しい。神経衰弱の国民には生きている事が死よりも甚だしき苦痛である。

出典吾輩は猫である

吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。

出典吾輩は猫である

倫敦塔

こんな事では道を去る事三千里。まず明日からは心を入れ換えて勉強専門の事。こう決心して寝てしまう。

何の理窟も入らぬ、ただ生きたいから生きねばならぬのである。すべての人は生きねばならぬ。この獄に繋れたる人もまたこの大道に従って生きねばならなかった。同時に彼らは死ぬべき運命を眼前に控ておった。

およそ世の中に何が苦しいと云って所在のないほどの苦しみはない。意識の内容に変化のないほどの苦しみはない。使える身体は目に見えぬ縄で縛れて動きのとれぬほどの苦しみはない。生きるというは活動しているという事であるに、生きながらこの活動を抑えらるるのは生という意味を奪われたると同じ事で、その奪われたを自覚するだけが死よりも一層の苦痛である。

草枕

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊い。

世の中に動いてもおらぬ、世の外にも動いておらぬ。ただ何となく動いている。花に動くにもあらず、鳥に動くにもあらず、人間に対して動くにもあらず、ただ恍惚と動いている。

虞美人草(ぐびじんそう)

月はまだ天のなかにいる。流れんとして流るる気色も見えぬ。地に落つる光は、冴ゆる暇なきを、重たき温気に封じ込められて、限りなき大夢を半空に曳く。乏しい星は雲を潜って向側へ抜けそうに見える。綿の中に砲弾を打ち込んだのが辛じて輝やくようだ。静かに重い宵である。

出典虞美人草

道義の観念が極度に衰えて、生を欲する万人の社会を満足に維持しがたき時、悲劇は突然として起る。ここにおいて万人の眼はことごとく自己の出立点に向う。始めて生の隣に死が住む事を知る。妄に踊り狂うとき、人をして生の境を踏み外して、死の圜内に入らしむる事を知る。人も我ももっとも忌み嫌える死は、ついに忘るべからざる永劫の陥穽なる事を知る。

出典虞美人草

抗夫

正直に理想を云うと、死んだり生きたり互違にするのが一番よろしい。こんな事をかくと、何だか剽軽な冗談を言ってるようだがけっしてそんな浮いた了見じゃない。本気に真面目を話してるつもりである。

他人を試験するなんて罪な事をしないで、まず吾身で吾身を試験して見るがいい

纏まりのつかない事実を事実のままに記だけである。小説のように拵えたものじゃないから、小説のように面白くはない。その代り小説よりも神秘的である。すべて運命が脚色した自然の事実は、人間の構想で作り上げた小説よりも無法則である。だから神秘である。

涙がこぼれる程だと譬に云うが、涙が出る位なら安心なものだ。涙が出るうちは笑う事も出来るに極ってる。

三四郎

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