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【閲覧注意】 死ぬほど洒落にならない百物語『第拾参夜』

洒落にならない怖い話を「百物語」と銘打って紹介していきます。                         一気に百話も紹介すると多すぎるので10話づつを一まとめにしていきたいと思います。

更新日: 2017年04月22日

ANKOUさん

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【収録話】

①.確かに見た
②.時空自殺
③.姉キの部屋
④.死んだ妹
⑤.布団に映った手形
⑥.ひとりかくれんぼ
⑦.ひとりかくれんぼ実況
⑧.ブラックサンタ
⑨.奇妙な人間
⑩.窓から覗く人

『確かに見た』

大阪から奈良へ抜ける近鉄奈良線。
大阪と奈良の間には生駒山があり、電車は長いトンネルを通ることになる。
現在のトンネルは『新生駒トンネル』といい、
その昔数々の死傷事故を起こした『旧生駒トンネル』に代わり、
昭和30年代になって掘削されたものだ。
しかし、多くの死者を出した旧トンネルのせいか、いまだに怪現象が多発するという。

私は、昭和21年に旧生駒トンネルで発生した車両火災事故に、
実際に遭遇した人物の話を聞いたことがある。
その人物とは私の小学校時代の美術の先生で、当時すでに50歳を超えていたと思う。
どういう訳か、私は彼に大変かわいがられていたと記憶している。
ある放課後、どういういきさつかは忘れたが、
彼は忌まわしい旧生駒トンネルの火災事故の話をしてくれた。

戦後間もない頃(昭和21年)のこと。
大阪から奈良へ向かう彼を乗せた近鉄電車が、
旧生駒トンネルの中ほどまで差し掛かった時だった。
登り急勾配の難所に旧式のモーターが耐えられず、突如発火した。
古い車体はあっという間に炎に包まれ、乗客はパニックに陥った。
暗いトンネル内を我先に逃げ惑う人々。
電車は奈良側の出口まであと少しのところで停まっていた。
当然、大多数の乗客が、より近い奈良側の出口を目指して坂を登っていった。

「なあ、坊(先生はなぜか私をこう呼んでいた)。どんな時も、落ちつかなければあかんよ。
 僕はその時、咄嗟に気付いたんや。
 この時期、大阪湾からの浜風は生駒山に向けて吹いてるはずやってな。
 それで指をなめて、風向きを調べたんや。
 そしたら案の定、風はトンネルの下の方から吹いていたんや・・」

狭いトンネル内での火災は、火そのものよりも有毒ガスによる中毒が命取りになる。
彼は冷静な判断で、遠いけれど風上になる大阪側の出口を目指し、
無事生還することが出来たのだ。
逆に風下の奈良側へ逃げた乗客の多くが、有毒ガスによって命を落としたのだった。
その数28名。
私は固唾をのんで先生の話に聞き入っていたが、
そのあと彼の口をついて出た話に・・・恐怖した。

※実はその時先生が話してくれたのか、
 後に石切(東大阪)に住む友人に聞いたのか、定かではないのだが・・・

その後も不可解かつ不幸な事故を繰り返した『旧生駒トンネル』は、
そもそも掘削当初から落盤事故によって多数の犠牲者を出した、
“いわくつき”のトンネルだった。
そのため幽霊話や怪奇現象の類が絶えず噂されていたが、
中でもこの逸話は最も印象深い。

事故の後、沿線の利用客のあいだで奇妙な噂がながれた。
「奈良方面行きの最終電車が・・・おかしい」

深夜、乗客もまばらになった最終電車が、石切駅を発車する。
「ごとん、ごとん」と電車は勾配をのぼり、トンネルに差し掛かる。
急坂を全力で登る電車のモ-ター音が、悲鳴のように車内に響きわたる頃、
がらんとしていた車内が突然・・・“満員乗車”に変わるのだ。
窓という窓に、無数の人影が映る。
連結幌のところに佇む男・・・。
この様子は、車外からも目撃されたという。

あまりの目撃談の多さに、電鉄会社も対応を余儀なくされた。
そして、ある“作業”によってこの状況を改善しようとしたのだった。
その作業とは・・・『最終電車の後に、もう一本電車を走らせる』というものだった。
つまり回送電車である。
しかしこれでは解決しなかった。いや、悪化したとも言える。
無人のはずの回送電車に、以前にも増してギッシリと人が乗っているのが、
外から確認できるのである。

業を煮やした電鉄会社は、さらにダイヤの改正をおこなった。
すなわち、ダイヤ上に『架空の最終電車』を設定したのだ。
そして石切駅の時刻表には、
決して走ることのない最終電車の発車時刻が記されるようになったのだ。
その効果があったのか、不思議とその後奇怪な目撃談は聞かれなくなったという。
一件落着・・・・いや、事はそんなに容易くないようだ・・・。

最近になって、私は友人Oの兄の体験を聞かされた。
彼は霊感が非常に強く、数々の心霊体験の持ち主であり、
このスレでも度々登場してもらっている。
彼は通勤でいつも近鉄奈良線を利用しているのだが、毎日の様に悩まされるというのだ。
彼曰く、
「ラッシュで満員の車内で、人の話し声がする。
 もちろん乗客もしゃべってるけど、何かちがうんや。
 あれは・・異次元の声や。
 想像してくれ、ヘッドホンの左右から別々の会話が聞こえるとしたら・・。
 まさにステレオ状態なんや。
 ただ、片方の声ははっきり意味がわかるのに、もう一方は全く聞き取れない。
 『うわわわわわわ・・・・・』って言うだけなんや・・・・」

現在では『旧生駒トンネル』は閉鎖され、電源施設等に再利用されており、
草生した入り口は立ち入り禁止となっている。
昼間でも山肌に黒々と口を開けたトンネルの様子は不気味である。
ただし、奈良側の出口は現在の近鉄東大阪線のトンネルと共用されているようなので、
大阪向きの先頭車からは覗くことができるかもしれない。

『時空自殺』

大学の時、寮の管理人さんが退職するので、寮生みんなで
お別れ飲み会をやった時、管理人さんに聞いた話。

彼が寮の管理を任されて間もない頃、寮で飛び降りが続いた事があったらしい。
二人目の自殺者が出て半月ほどした頃、彼は夜の見回りに最上階に行こうと階段を上った。
各階の踊り場には窓がついてるのだけど、上りかけのとこで、窓の外に何かいるのに気付いた。

5階の窓の外に、女の子が逆さに浮いてたそうだ。
髪をばさばさなびかせて、恐怖に引き攣った真っ白な顔をして。
管理人さんは全速力で階段を駆け下りた。

一階下の踊り場に来ると、また窓の外にその女学生が、逆さのまま壮絶な表情で浮いている。
その下の階でも出くわした。
階段は一本だし、もう走るしかないと思ったそうだ。

成仏してください成仏してくださいと声にならない声で繰り返しつつ、
もう一度彼女をやりすごして外に飛び出した。
その途端、ドン!とすごい音がして、足元に死体が横たわってたそうだ。
三人目の自殺者だった。

「私、どんな速度で走ってたんでしょうねえー」
と言ってたけど、本当に説明のつかない出来事。
これも時空の歪み?

『姉キの部屋』

十年くらい前、友達だった先輩が自動車事故で死んだ。

それから一週間くらいした夜中の1時頃、3才年上の姉キの部屋から話し声がしたんだ。
その時は「テレビでも見てんのか」と思って気にしなかったんだけど。

次の日、オレが仕事が遅くなって夜中の2時くらいに帰ったら、
また姉キの部屋から話し声がした。
テレビ付けっぱなしで寝てんのかと思ってノックしても反応がなくて、
部屋に入ったらだーれもいなかった。
アレっと思ったんだけど、聞き違いかと思い、
自分の部屋に入って寝よーとおもったら・・・・・

姉キの部屋が開く音がして、明らかに人の足音が廊下でしたんだ。
三分前にオレが見たとき確かに誰もいなかったハズなのに・・
本気で恐怖ってヤツを実感して、すぐに自分の部屋に戻って、
その日は布団被ってなんとか寝たんだ。

そして翌朝、姉キの部屋に行ったら、姉キの奴普通に寝てんだよ。
無理やり起こして「昨日何処行ってた」って聞いたら何処も行ってないって言うし
「夜中に廊下に出たか」って聞いても出てないと言うんだ。
だから、、昨日お前は居なかったし2時頃誰もいないのに廊下に出る音がしたと言ったんだ。
そしたら姉キ、平然と「あぁ、それは**だ」と死んだ先輩の名前を言いやがった。
その時まで全然知らなかったんだけど俺の姉キは見える人だったらしく、
先輩は死んだ翌日から毎日来てると言うんだ。
「姉キ、死んだ人と話ができるの?」と姉キに聞いたら、
どうやら話はできないけど「あぁいるなぁ」とは感じるらしい。
別に害はないから、姉キは全然気にして無いらしかった。
でも、「確かに昨日2時頃お前居なかったぞ」と言ったら
「昨日は何時もよりしつこく居たような気がしたけど寝ちゃったから」と平然としてる。

その時思い出したんだけど、死んだ先輩は奥さんも子供もいたんだけど、
一緒に飲みに行った時、酔って俺に
「ホンとはおまえのネーちゃんが好きだったんだんだけどフラれた」
と言ってた事があったんだよ。
その時はウソかと思って聞き流してたんだけど、
姉キが言うように死んだ翌日から毎日来てるってうのなら、余程未練があったのかなぁ思ったね。
なんかしみじみとした。

『死んだ妹』

僕が子供の頃の話だ。

その前の年の夏休み、僕は妹と近所の川の河原で遊んでいて、
叫び声に気付いたら妹は川に流されていた。

遺体は一週間たってから、だいぶ下流で見つかった。

その日、僕は一人で妹の流された河原に来ていた。
お父さんとお母さんは危ないから来ちゃいけないと言っていたので、黙って一人で来た。

僕は河原でつんだ花を川に流して、お祈りをした。
良く覚えていないけど、うろ覚えの念仏とか「ごめん」とか祈っていたと思う。

ふと目を上げると、川の中程に青白い色をしたおかっぱの女の子の顔が浮かんでいた。

その女の子は川の中から僕の方に向かって無表情のまま歩いてきた。
その顔を見て、僕は「ああ、妹だ」と思った。

不思議に怖いとは思わず、1年ぶりに見る妹が近づいてくるのを河原に立って待っていた。

妹は1年前、おぼれたときと全く変わっていなかった。

やがて水からあがった妹は髪から水をぽたぽたたらしながら僕の前に立ってにこりと笑った。

懐かしさと再会の嬉しさに僕は手を伸ばして声をかけようとすると、
妹は急に目をつり上がらせて口を醜くゆがませて

「あたしは死んだのにお兄ちゃんはなぜ死なない」

と叫んだ。

僕ははじめてぞっとして目をつぶってしまい、また目を開けたときには妹はもういなかった。

それ以来、あの河原には行っていない。

『布団に映った手形』

今でも幽霊信じてないんだけど、どうしても引っかかる体験がありまして。
この体験があったから、どうしても幽霊を完全否定できない気持ちもあります。

小学校一年生の時です。
この体験の前後のことはかなり昔なのでよく覚えていませんが、
とにかく私は布団に潜っていたんです。
布団といっても薄っぺらで、シーツと言ったほうがいいかもしれません。
とにかく私は潜っていたんです。

時間は夜だったと思います。
部屋の電気の明かりが、その布団を通り抜けて中まで入ってました。
すると暫くして大きな手2つ。小さな手2つ。
計4本の手形が布団に影となって映りました。
そして強く押し付けられました。
その時家には母と弟と私の3人しかおらず、父は仕事から帰って来てませんでした。
その手の影は母と弟のものであろうと、別になんの疑問も持ちませんでした。
母と弟がいたずらしてるのだろう。そんな程度です。

しかし、どんどんその手は強く布団を押し付け始め、横から手を出そうにも出ない。
ビニールの袋を真空パックしたように体に張り付いてきて、息も出来なくなってきました。
「出して!!出して!!出せよ!!」と何度も声を張り上げました。
暫くして(実際は大した時間じゃないのでしょうが)、
もう駄目だ…くるしい…と思った時にガバッ!と布団がめくれたのです。
するとそこには弟1人だけが立っていて、一言「どうしたの?」と言いました。
母は隣の部屋でテレビを見ていました。
時間的に、母が布団を押さえつけるの止めて隣に部屋に行くには無理があります。

そして忘れられない。
布団に映った、大きい手、小さい手、計4本の手形の影ね。
20本指。全部先が尖ってたんだよ。

以上。怖くないかもしれないけど。ほんとにあったんだよね…。
別にその布団に曰くつきのものがあるわけでもなく、住んでる家にもそんな話はないです。

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興味のある事をまとめています。      (今のところは怖い話が多いです。)



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