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一度は行ってみたい! 「日光の社寺」のすべて【世界遺産】

日光の社寺(にっこうのしゃじ)は、栃木県日光市にある寺社などから構成されるユネスコの世界遺産である。

更新日: 2017年05月16日

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masaru.ozekiさん

■概要

日光の社寺(にっこうのしゃじ)は、

日光に残るそれぞれの建造物は、天才的芸術家による人類の創造的才能を表す傑作であること
日光における古来の神道思想に基づく信仰形態は、自然と一体となった宗教空間を創り上げ、今なお受け継がれていること
などが評価され、1999年、文化遺産に登録された。

構成資産は、2社1寺に属する103棟の建築物群と周辺の景観遺跡。

・二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)
・東照宮(とうしょうぐう)
・輪王寺(りんのうじ)
登録地域の面積は、構成資産 51ヘクタール、それを保護する緩衝地帯373ヘクタール。

仏教と神道が融合した独自の信仰を育くんできた日光

二荒山(男体山)をはじめ諸山の神霊を祀ってきた二荒山神社(ふたらさんじんじゃ)、1200年以上の歴史を有する日光山輪王寺(にっこうさんりんのうじ)に代表される日光の社寺は、神を仏として崇める仏教と神道が融合した独自の信仰を育くんできた。

日光東照宮には随所に平和を願う思いが込められている

17世紀の天才的芸術家の作品群である東照宮と大猷院は、日本近世の宗教建築を代表する権現造り形式の完成形といわれ、その後の霊廟建築や神社建築に大きな影響を与えた。権力の絶大さを象徴する豪華絢爛たるものの、随所に平和を願う思いが込められている。
神厩舎に飾られている「三猿(さんざる)」に表現されている処世術、東回廊に飾られている「眠り猫(ねむりねこ)」に象徴されているを平和を願う思い、含蓄のある徳川家康の遺訓など、現代に通じるものが感じられる場所でもある。

人の一生は重荷を負て 遠き道をゆくが如し いそぐべからず
不自由を常とおもへば不足なし こころに望みおこらば困窮したる時を思ひ出すべし 堪忍は無事長久の基 いかりは敵とおもへ
勝事ばかり知りてまくる事を知らざれば害其身にいたる おのれを責て人をせむるな 及ばざるは過たるよりまされり

日光山内の仏教建築物を総称して輪王寺

明治4年(1868年)の神仏分離令以降、日光山内の仏教建築物を総称して輪王寺と呼び、東照宮以外の日光山内に点在する神道建物を総称して二荒山神社と呼んでいる。

二荒山神社

日光における山岳信仰の中心として古くから崇拝されてきた神社で、特に、中世には多数の社殿が造営されました。また、江戸時代になると、徳川幕府によって新たに本殿や社殿が造営され、このうち、本殿や神橋など23棟が重要文化財に指定されています。

東照宮

徳川家康公の霊廟として元和3年(1617年)に創建された。現在の主要な社殿は、寛永13年(1636年)、三代将軍徳川家光公により造営が行われたものです。この東照宮の建築により、日本の代表的な神社建築様式である「権現造」が完成したといってもいいでしょう。また、彫刻や彩色などの建築装飾についても、当時の最高水準の技術が用いられました。本殿・石の間・拝殿、陽明門など8棟が国宝に、34棟が重要文化財に指定されています。

輪王寺

8世紀末に、日光を開山した勝道上人の創建による四本竜寺を起源とし、日光山の中心寺院として発展してきましたが、承応2年(1653年)に、三代将軍・徳川家光公の霊廟である大猷院が境内に造営されて以来、徳川幕府の尊崇を受けました。大猷院霊廟本殿・相の間・拝殿が国宝に、その他の37棟が重要文化財に指定されています。

■登録基準について

(ⅰ) 人類の創造的才能を表現する傑作。
(ⅳ) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
(ⅵ) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。

■日光が該当したクライテリア

日光の建造物の多くは、17世紀の日本を代表する天才的芸術家の作品群です。左甚五郎は伝承の人といわれていますが、日本画の狩野探幽や大工棟梁の甲良豊後守宗広(こうらぶんごのかみむねひろ)などは、江戸時代を代表する天才的芸術家でした。

東照宮の本社と大猷院霊廟は本殿と拝殿、それをつなぐ石(相)の間という3つの建築が一つになった「権現造り」という様式ですが、その後の日本古来の建築様式の重要な見本となっています。また、全体としての建造物群は、周辺の杉の大木と一体となって見事に配置されており、日本を代表する宗教的建築群といえます。

「日光の社寺」は、徳川将軍家の祖、家康が眠る墓所として、代々の将軍の社参や朝廷からの例幣使の派遣、朝鮮通信使の参詣などが行われ、江戸時代の政治体制を支える重要な歴史的役割を果たした場所であり、これらをとりまく自然環境は、山や森を神格化しようとした日本独特の神道思想と密接に関係するもので、日本独特の文化的景観を示しています。また、日光では神道や仏教をはじめとする宗教行事が盛んに行われ、市民の生活や精神の中に文化として生きつづけています。

■評価のポイント

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