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いにしえの日本の音楽

更新日: 2017年04月21日

mototchenさん

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日本の音階は西洋音楽の音階とは違う

大昔に国立劇場の邦楽公演に行ったとき、もうじき百歳になるという「人間国宝」のおばあさんが舞台の上で三味線を弾きながら歌っていて、それがあまりに音程が狂っていたので聞いていて気持ちが悪くなって、「なんでこんなオンチが人間国宝なの~?」って一緒に行った友人に言ったら、横にいたオジサンが「これが昔の日本の音程だよ」って教えてくれた。
あのオジサンは音大の先生だったのかしら?それとも邦楽のお師匠さま?…と今にして思うんですが。
しかし私は歌舞伎の舞台で長唄や清元や浄瑠璃をよく聴きましたし、能もけっこう見ましたが、あれほど音程が狂ってる~と気分が悪くなった経験はないので、それらの音曲はすでに西洋音階に変えられているのか、それともあれが特別の伝統芸能だったのか、思い返すたびに未だにもんもんと悩みます。
私の記憶に間違いがなければ、その音楽は「河東節」という伝統芸能だったと思うんですが…。

幕末から明治の日本の音楽

「我々の間の種々の音響の音楽は、音色がよく快感を与える。日本の音楽は、単調な響きで喧しく鳴りひびき、ただ戦慄を与えるばかりである。」(ヨーロッパ文化と日本文化)

「ヨーロッパの国民は、すべて声をふるわせて歌う。日本人は、決して声をふるわせない。」(ヨーロッパ文化と日本文化)

「我々は、クラヴォ(鍵盤楽器)、ヴィオラ、フルート、オルガン、ドセイン(葦笛)などのメロディによって愉快になる。日本人にとっては、我々の楽器は不愉快と嫌悪を生じる。」(ヨーロッパ文化と日本文化)

「通常、我々の間では、貴人の音楽は下賤の人の音楽よりも美しい。日本では、貴人の音楽は聞くに堪えない。水夫の音楽が我々を楽しませてくれる。」(ヨーロッパ文化と日本文化)

「もしわたしがこれまで中国人のあいだに住んでいなかったとしたら、日本人はハーモニーやメロディーというものを知らない点では最たる人種だと、わたしは言ったことだろう。日本人にしろ、中国人にしろ、彼らがいわゆる音楽を奏でようとする時に発する雑音は、とうてい言い表せるものではない。」(大君の都)
「しかも、彼らはこれを一つの技芸とし、職業的な歌手や教師がいて、ヨーロッパのそれに劣らぬほど懸命に腕を磨いているのである。」(大君の都)
「音調の十中の九までが調子はずれと思えるような、西洋の音曲とは全く異なった一連の音程からなる日本の音楽にヨーロッパ人の耳を慣れさせるには、よほどの長い年期を必要とするだろう。」(一外交官の見た明治維新)
「日本の音楽は半調子のものが多く、しばしば同じような言葉を繰り返しながら、長音調から短音調に移り、最後は全く調子になっていない。従がって日本の音楽芸術は、我々が西欧において知っているものとは決定的に合致したところがない。」(絵で見る幕末日本)

「日本の音楽は、我々のものと比較しようがない。しかし、民謡のなかに優しい主題がみてとれた。同様に、日本人の耳が確かだということも認めねばならない。日本人は完全に斉唱で楽器を奏で唄う。そして、それらの旋律の時にはたいそう難しいリズムを正確に守るのである。」(スイス領事の見た幕末日本)

「日本音楽の音律をはっきり掴むことは困難であったが、しかし、この熟練した芸術家(三味線の先生)は、我々ヨーロッパ人の歌の調子に自分の三味線を合わせたばかりでなく、それらのうち若干を正確に模写して見せた。」(絵で見る幕末日本)

「日本の唄は美しいといえたものではないし、歌い手の声がたいてい甲高い鼻声であるにもかかわらず、ときおり覚えやすくて耳に快いメロディーがあって驚かせる。歌い手は三味線と呼ばれる三絃のギターを伴奏に使う。弦は指ではなく熊手型をした象牙の撥(ばち)で弾く。」(江戸幕末滞在記)

日本の音楽の改変

7)明治時代、日本は音楽まで西洋から輸入し子どもを洗脳した。スコットランド民謡を使って、それまで日本に存在しなかった音「ファ」と「シ」を植え込みにかかった。「R」と「L」を聞き分け&話し分けできないと野蛮人扱いされるという理屈の音楽版です。

第一に,俗曲は無学の輩の手に委せられ,野卑に流れ,弊害が大きいことから改良が必要とみなされ,改良は弊害の最も少ない箏曲から着手された
第二に,歌詞についてはどのような改良がなされたか明らかで,多くの場合,恋の歌等が花鳥風月等の歌詞に改良された。しかし,曲調についてはどのような改良がなされたのか不明である
第三に,改良された曲は学習の利便性等のため, 普通の楽譜(五線譜)に採譜された。五線譜を普通の楽譜とみなし,箏曲を五線譜に採譜することが学習にとって利点とすることから,西洋音楽基準とし,箏曲を西洋音楽に近づけようとしたことが窺える
第四に,俗曲改良は取調掛だけのものではなく,文明開化のもと,当時の歌舞音曲をめぐる状況の なかで行われたものであった
第五に…弊害の多い「淫楽」とに分け,三味線や浄瑠璃等を俗楽のなかで最も卑しい音楽である「淫楽」とした。そのような俗楽観が,俗曲は無学の輩の手に委ねられ,野卑に流れ最も下流の極みに達し弊害が勝っているとし,そのなかで弊害の少ない箏曲の改良に取りかかった取調掛の俗楽観であった

吉田:シュメー女史のヴァイオリンで「春の海」を吹き込み,ビクターから出しましたが,何か舌足らずの感があります.音階の相違なんですが,半音のところがちょっとばかり上がっているんですな.洋楽の音階でやっていますから・・・
宮城:それは尺八とフリュートの差でもありますね.曲によって,フリュートを使うと音階がはっきりしすぎることがあります.だから日本式メロディーなんかには,フリュートはうまく合わないで,何かチンドン屋のようになってしまいます.尺八でないとおかしいですな.けれどもまた,はっきりしたものをねらっているときは,フリュートでやる方がいいこともあります.やはり尺八の曲を作らねばなりませんな.

宮城:尺八とフリュートにはまだ問題が残されています.半音にしてもそうですし,平均律と純正調の違いもありますし,またピアノの半音と邦楽の半音とこれまた違うのです.チンドンやになるのはここにあるんですな.

音楽評論家ピーター・イェーツの興味深い回想が引用されている。 「ある晩、この国(アメリカ)へ最近やってきた、日本の音楽家による筝(=琴)の 演奏を聞くために、ストラビンスキーと何人かを家に招いた。演奏家は平均律で調律された筝のための現代作品を選んで演奏を始めた。このあと、同じ調律で古典曲が演奏されたのを聞いて、ストラビンスキーは調律が楽器に合っていないと異議を唱えた。」(p204)著者自身、あるとき琴を純正調で調律してみたところ、「琴の胴体が自然に鳴り初め」て驚いたという。

前日の稿で平調子のことに触れました。D音を一の絃にとったときは「D・G・A・A#・D・D#・G・A・A#・D・D#・G・A」と書きましたが、このままで調絃したらそれは平均律です。平調子の曲の演奏では#の付いている音を半音の10/100程度下げて調絃します。厳密にいうと10/100もちょっと違うようですが、「邦楽器専用チューナー」を用いればそこのところが正確に調整できるようになっています

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石部統久@mototchen 1963 岡山県笠岡市出身玉島育ち岡山市在住の男 糖尿病、鬱病で服薬 後縦靭帯骨化症
https://mobile.twitter.com/mototchen