1. まとめトップ

大スターが求め続けた『大衆の喝采』よりも『たった1人からの称賛』

ありのままの自分を、手放しで愛してくれる人を持つことの強さ。どれほどの名声を手に入れようとも、幼少期にその経験を知り得なかった者は、生涯、その孤独と絶望感に苛まれるそうです。”あの人に認めてもらいたい...” スターが、必死に愛を乞うていた相手とは。

更新日: 2017年12月06日

2 お気に入り 11258 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

nonoichigoさん

▼『世界で最も美しい』と呼ばれた女優には、かなわぬ『姉』が

生年月日 1943年10月22日
生まれ フランス パリ 17区
身長 5.512 ft

名だたる映画賞を受賞し、今やフランスを代表する女優となった妹
カトリーヌの一方で、姉のフランソワーズは『ロシュフォールの恋人
たち』が公開された数か月後に交通事故で帰らぬ人に。

高速の出口でコントロールを失ったルノー10は交通標識に激突、
2~3度横転して止まった。直後に出火。遺体の損傷は激しく、当初
身元が判明せず、警察は残った運転免許証の切れ端から女優のドルレ
アックであることがわかった…というような状況だったらしい。

▼実力・人気・美貌・家族の中心である『姉』に、コンプレックスが

フランソワーズは父方の姓を名乗り、カトリーヌは母親の姓を
名乗っているため姓は違いますが、2人は1歳半違いの実の姉妹です。

彼女たち姉妹のことをよく知る人たちは、姉を太陽に、妹を月に
例えます。太陽のような輝きを持つ姉と、月光のような神秘さを持つ
妹、と。

モダンな雰囲気の美貌に加え、手足が長く、ダンスや歌の才能にも
恵まれていた姉は、聡明で明るく社交的で常に光り輝くような存在の
人だったとのこと。

彼女の方が先に売れっ子女優になっていたこともあり、ドヌーヴ
は、姉にコンプレックスを。

密かにコンプレックスを抱いていたようです。

▼一番の理解者、憧れ続けた理想、良きライバルを 突如失った哀しみ

(左)カトリーヌ
(右)フランソワーズ
最後の映画は、姉妹での『初共演』であった。
映画を撮り終え、事故の前は姉妹で楽しく、
ピクニックを楽しんだのだという。
直後に姉は、事故で亡くなる。

(上)カトリーヌ
(下)フランソワーズ

今、私が寂しく思うのはこの疑う余地のない自問することのない
関係がなくなったことです。それは人生のあらゆる面で間違いなく
自分のためだけに話してくれていると感じられることなんですね。
それはもう見つけることが出来ない宝のようなものだったからです。

フランス映画界に衝撃をもたらしたドルレアックの事故死により、
妹・ドヌーヴは、抜け殻になったも同然の喪失感で、長年苦しんだと
いいます。

▼『父親の愛』を欲して、たどり着いた『プリンセス』という居場所

生年月日 1929年11月12日
生まれ アメリカ ペンシルベニア州
死亡 1982年9月14日

輝かしいキャリアを持ちつつも、どこか自分に自信が持てなかった
グレース。その裏には、最も認めてほしい父から認めてもらえないと
いうコンプレックスがありました。

(アカデミー賞主演女優賞)受賞後の父の言葉は・・・「私は
グレースの受賞が信じられません。有名になるなら、長女のペギー
だと思っていました。ペギーは何をやらせても、グレースより上
でしたから。」

▼”あの子は、うちの娘なんかじゃない” 常に愛されない『孤独』

グレースの父ジョンはボート競技の選手でオリンピックで3つの
金メダルを獲得したアスリート、母マーガレットはペンシルバニア
大学で初めて体操チームの女性監督に就任した人物です。

グレースには兄と姉妹がいたが、体育会系バリバリの父親は幼い頃
は病弱だったグレースにはまったく関心を示さず、ひたすら兄と姉妹
ばかりをかわいがって期待をかけていたのだそう。

▼恋愛の相手には『父自身』を求め、結婚には『父の称賛』を求めた

1 2