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”正直、そんな時もありました”『父親と不仲説』が流れたセレブ達

親の離婚で傷ついたり、芸能界入りを反対されたり、なったはいいけれど、厳格な父親と意見が合わなかったり。有名になったがゆえのトラブルがあったり。とびっきり華やかで明るいセレブ達のその笑顔の裏に、『父親との確執』があったなんて。涙。

更新日: 2017年06月03日

nonoichigoさん

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▼あまりにも有名過ぎる過去 『育児放棄』と『家庭放棄』の狭間で

『E.T.』で人気子役となったドリューをチケット代わりに、幼い娘
と一緒にセレブなパーティシーンを練り歩き、娘がアルコールや
タバコ、ドラッグに手を出しても叱りもしないダメ母。

父親も父親です。心理的虐待を受けていたと、ドリュー本人は
のちに語っています。

▼前に進むために『関係を修復』 その後、父親は難病で『他界』

映画『サンキュー、ボーイズ』(2000年)で未熟な母親を演じた
ことをきっかけに、ドリューは母ジェイドとの関係修復を決意する。
また、2004年に父親とも和解。残念ながら父はその後、難病で他界
した。ドリューは『ピープル』誌で、「過去の出来事に縛られたく
なかったの」と語っている。

▼恵まれた家庭で育った、『お嬢様』ではあったが...

フロリダ州ボカラトンで、ギリシア系=北アフリカ系アメリカ人の
家庭にて誕生した。 母は海軍のコミュニケーション商品を扱う企業の
CEO、父はグラフィックデザイナー。 兄フランキーは俳優として活動
している。

アリアナのパパは俳優エディ・マーフィーなども顧客にいるという
グラフィック・デザイン会社のCEO。

▼父親が家庭を顧みなかったことで『離婚』 それが原因で『疎遠』に

雑誌のインタビューで「最も対応するのが大変だった出来事」を
聞かれた際に父親と疎遠であることを告白したアリアナ。

「受け入れるのにとても長い時間がかかったわ。今の私の半分は、
父から受け継いだもので作られている。私の特徴の多くは父からの
もの。だから長い間、私は自分のことが好きになれなかった。誰かと
親しくなくても愛し続けていいんだって、受け入れなくてはならな
かったの」

アリアナは以前、幼い頃に母ジョアン・グランデと別れた父エド
ワード・ブテラと会うことは「ほとんどない」ため、スクーター
(共同マネージャー)のことを父親のような存在だと思うと認めた
ことがある。

現在では、エドワードがアリアナのライヴを訪れたり、父の日には
アリアナがエドワードにメッセージを送ったりと、2人の関係は
すっかり修復されている。

▼『複雑な家庭環境』異母兄1人、異母姉2人、父親の酒・薬

母は女手ひとつでリアーナとふたりの兄弟を育て、学校での自分は
どことなく他人行儀で無口な存在だったと、リアーナは話す。「自分
の殻に閉じこもってた。それがみんなの気に障ったのね」。

自分の前に盾を置くのは幼いころからで、暴力的でアルコールと
クラックに依存していた父親から身を守るためだった。

▼『脳腫瘍』と疑われるほどの『頭痛』に、苦しんだ過去

薬物依存症でもあった同氏は妻や子との関係が非常に悪く、リアー
ナは8歳頃から両親の口論を聞く度にひどい頭痛に悩むようになり、
医者から脳腫瘍を指摘されて検査に及ぶも原因がつかめなかった。

14歳の時に両親が離婚したらピタリと頭痛が止み、その時彼女は
「周囲に振り回されず私はクールでタフに生きる!」と心に決め、
弟たちの面倒をよく見る本当に良き姉となったという。

▼『許し続けた』娘は豪邸まで 父親は『感謝』を述べるまでに

「ロビン(リアーナ)はすごく優しくしてくれて。島にあるいくつ
かの家から俺が好きに選べるよう、情報を送ってくれたんだ。」
「そして俺は、そのうちの一軒を選んだのさ。一番高額だったから
ってワケじゃない。でもこの家には庭も複数あるからね。」

ちなみにロナルドさんの娘への思いは大きく、2009年にクリス・
ブラウンが起こしたDV事件を知るなり激怒。実際にクリス邸に向かい
「自らの手で復讐してやろう」とまで考え計画を立てたものの、
必死に自制したという。

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nonoichigoさん

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