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20年前・宝塚のトップスターだった頃の真矢みきさんについて

テレビの朝の情報番組やバラエティ番組でよく見る真矢ミキさん。20年前は宝塚歌劇団で「ズカの革命児」と言われるほどすごいトップスターだったそうでその当時の伝説的な活動をまとめてみました。

更新日: 2018年03月08日

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テレビでよく見る真矢ミキさん

TBSテレビの朝の情報番組「ビビット」で国文太一さんとともにメインのMCを務める真矢ミキさん。

ビビッドおもろいなぁ~真矢ミキの天然ぶりがおもろいわ~。

20年前は宝塚歌劇団で花組のトップスターだった。

1981年宝塚歌劇団に入団。
1995年~1998年花組のトップスターを務める。
1998年退団。

参照
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%9F%A2%E3%83%9F%E3%82%AD

17歳で宝塚歌劇団に入団(1981年)

大地真央への憧れから豊中市立第二中学校卒業後、1979年に宝塚音楽学校に入学。

引用元
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%9F%A2%E3%83%9F%E3%82%AD

入団14年後、31歳で花組トップスターに就任する(1995年)

1995年、先輩である安寿ミラのあとを継ぎ、真矢みきは花組トップスターに就任します。

古い慣習を次々打ち破り「ズカの革命児」と呼ばれた。

それまでのトレードマークとも言えたリーゼントを崩して、当時流行りの長髪を採用。

舞台化粧に関しても、前例のないほどナチュラルなものへ挑戦し、宝塚の男役といえば短髪でブルーのアイシャドウ、というイメージを根底から覆した、まさに異端でした。

引用元
https://kagami-tei.com/post-1439-1439

そして、次々と古い慣習を打ち破る彼女は、「ヅカの革命児」と呼ばれるようになる。

 まずビジュアルの面で、真矢が宝塚にもたらした影響は大きい。彼女はそれまでの男役になかった「長髪」や「薄いメイク」を積極的に取り入れた。

「ズカの革命児」真矢みきは語る

「(当時は)男役とはこういうものです、と歌舞伎の形(かた)のような男役像を日々学び習得していた」

歌舞伎の形のような男役

宝塚の男役というのは長い歴史のなかの様式美というものがあって、私が入ったころは今より自由度も少なく、男役とはこういうものです、と歌舞伎の形(かた)のような男役像を日々学び習得していた毎日でした。

小、中と男女共学で育った私はいつも、もうちょっとリアルな男性をやりたいなぁと。

宝塚の常識をブチ破った真矢みき。「周りの男役は女子校出身者ばかりで、共学出身の私は間近で見てきた男の子の良さを取り入れようと思った」と語っています。

引用元

https://pinky-media.jp/I0004362

それはそれで魅力的なんだけど、小、中と男女共学で育った私はいつも、もうちょっとリアルな男性をやりたいなぁと思いを募らせていました。中性ではなく、男役でもなく、そう! 男性になりたいのだと。

今思えば、私の20代は男性の魅力をただただ研究して過ぎた。

渋谷の交差点を行く男性陣を一日中眺めたりしたそうです。

だから山手線に半日くらい乗ってぐるぐる何周かし、よれた襟のシャツ着たサラリーマンをずーっと見ていたり、歩く流行雑誌みたいな渋谷の交差点を行く男性陣を一日中眺めたり。

 今思えば、私の20代は男性の魅力をただただ研究して過ぎた。

真矢ミキさまの男役は俺が抱いてやるよ系だとおもってる

宝塚現役中に篠山紀信氏による撮り下ろし写真集『Guy』を発売

真矢さんは現役時代に写真家・篠山紀信さん撮影の写真集「GUY」を発売しています。

そもそも現役タカラジェンヌが外部の写真家、それも篠山紀信さんのような有名写真家に撮影される事自体が貴重なんだそうです。

引用元
https://doorto.net/mayamiki-5182

出典ameblo.jp

宝塚歌劇団花組元トップスターの真矢みきの、男にも女にもなる不思議な世界観の写真集。

髪をアップにしても美しいし、リーゼントやひげでもかっこいいっ!それが全部同一人物なのが嘘のような不思議な空間がこの1冊に詰まっています。

引用元
https://book.douban.com/subject/3788737/

真矢みきさんの写真集宝物なんだけど髭の生えた彼女は最高です...普通に恋するほんと pic.twitter.com/O4ktZgCi5N

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