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王貞治の名言!

王貞治の名言をまとめてみました。

更新日: 2017年06月26日

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この記事は私がまとめました

karupinnさん

1940年、現在の東京都墨田区にて、中華料理ラーメン店を営む中華民国(台湾)籍の父と日本人の母のもとに次男として生まれる。

小学生の頃は、横綱・吉葉山から相撲取りになることを勧められるほど相撲が強かった。中学校では、野球部にも在籍するもグラウンドが使えず休部同然の状態であった。

高校は、早稲田実業に進学。1年生の時に控え投手として夏の甲子園出場。2回戦で先発登板を果たしたが敗戦。2年生の春の甲子園ではエースとして優勝を果たし、関東に初めて選抜優勝旗をもたらした。夏の甲子園では2回戦で延長11回を完投し、ノーヒットノーランを記録している。3年生の選抜大会では打者としても活躍し、2試合連続本塁打を放つ。

高校2年生のときに巨人からの誘いがあったが、父の意向により大学進学を考えていたため断っている。しかし、3年生の夏の東京都予選で敗戦したことで、野球にけじめをつけて大学進学する気持ちになれず、巨人入団を決めた。

1959年に投手として入団。しかし、監督にピッチャーとして大成しないと言われ、一塁手に転向。4月の開幕戦では高卒新人ながら7番打者で先発出場を果たした。しかし、2三振1四球に終わり、その後も26打席無安打が続いた。出場11試合目の初安打が決勝2ランホームランとなり、世界記録868号へと続く、第1号本塁打となった。同年6月25日の天覧試合では、4号同点2ランを放ち、長嶋茂雄とのONアベック・ホームランの第1号となる。

しかし、大きな期待がかかるなか3年目まで成績は伸び悩んでいた。3年目のシーズン終了後、荒川博が巨人の打撃コーチに就任。監督の川上哲治は、王の成績が伸びない理由は、王がしばしば寮を脱走して夜遊びをしていたため、練習にも身が入らず、結果も出ず、自信を持てないためであると考えていた。川上は、王の意識改革も期待し、荒川に王を託した。

荒川は、王がプロの速球に対応しようとボールを前に迎えに行き、グリップポジションが安定しないことが欠点であると判断。その修正のためにさまざまなフォームを試し、そのひとつが一本足打法であった。

4年目の1962年7月、極度の不振に陥っていた王は、一本足打法を敢行。その日、ホームランを含む3安打4打点を記録。結果が出たことで、王も一本足打法の猛練習に打ち込むようになる。その過酷さなど、壮絶な王の努力は有名である。そして、7月の1ヶ月だけで10本塁打を放ち、一気に本塁打の量産ペースを上げ、この年に初めて本塁打王と打点王を獲得。以後、引退まで一本足打法を貫いた。

王貞治の名言

努力は必ず報われる。
もし報われない努力があるのならば、
それはまだ努力と呼べない。

自分のためにやるからこそ、
それがチームのためになるんであって、
「チームのために」
なんて言うやつは言い訳するからね。
オレは監督としても、
自分のためにやってる人が
結果的にチームのためになると思う。
自分のためにやる人がね、
一番、自分に厳しいですよ。

最高のものを求める
強い気持ちがないと、
結果は出ないものなんだよ。

やっぱり勝つと
見えてくるものがあるんだよ。

ときには嵐のような逆風が
人を強くする。

ジャイアンツでは、
何のための練習なのか、
自分の役割は何なのかを
明確に意識していました。

僕の役目は
ホームランを打つことだ。

カネほしさに野球をやる人は、
決して本物にはなれないでしょう。

敵と戦う時間は短い。
自分との戦いこそが
明暗を分ける。

練習で120%の力で振れ。
そうすれば試合は80%の力でいい。

勝負は、「ゲームセット」と
審判が言うまで、
分からない。

我々は勝つしかない。
勝てばファンも拍手で迎えてくれる。

もう打てないんじゃないかという恐怖は、
常について回るんです。
結果を残してきた人ほど
不安と戦ってきたはずだし、
恐怖心を持っていない人は本物じゃない。
その怖さを打ち消したいがために、
練習するわけです。

勝つための最善の努力は、
どんな時もやめてはいけない。
逃げたらだめなのです。

過去にとらわれず、
現在をいかによくするか。

仕事は忍耐第一主義。

いままでの僕の記録はみんな、
耐えることで作られてきたんです。

いい時もあるし、
悪い時もあります。
自分もまた、
それで初心に戻れたりしましたね。

ホームランというのは
準備したことが
ちゃんとできてるだけの話。

練習を怠る人が
上手くなることはないんですよ。
修練して上手くなった人が
より上手くなるんです。

基本的にプロというのは、
ミスをしてはいけないんですよ。

僕は人生は円だと思ってきました。
朝があれば、昼があり、
夜があって、朝がくる。
季節で言えば冬がくれば、
春、夏、秋がきて。
これはもう止めようがありません。
人間もサイクルみたいなものがあって、
調子がいいときもあれば、
悪いときもある。

チームでも人でも、
成長するときは45度の角度で
一本調子で上がっていくことはない。
最初は見えないくらい
ジワジワと上がっていき、
途中から急カーブで伸びるものです。
そのジワジワの時期にも、
監督としては辛抱強く言い続けること、
そして待ち続けることが大事なのです。

名選手になることは難しくない。
努力を怠らず、
目の前にあるものをキッカケを逃さずに、
確実に掴んでいけば、
必ずどうにかなる。

バッティングというのは
太陽のまわりを運動する
惑星みたいなものでね。
その核心は軸として定まっている。

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