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福沢諭吉の名言!

福沢諭吉の名言をまとめてみました。

更新日: 2017年06月26日

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karupinnさん

1835年、下級藩士の次男として生まれる。幼少の頃から漢学と一刀流の手解きを受ける。19歳で長崎へ遊学して蘭学を学ぶ。幕末の時勢の中、1858年に中津藩邸の蘭学塾の講師として江戸へ出る。

1859年には、日米修好通商条約に伴い派遣された咸臨丸の艦長の従者として渡米。咸臨丸の指揮官を務めた勝海舟とはうまくいかず、晩年まで険悪な関係が続く。1861年に結婚。1862年には翻訳方として欧州各国の使節団に同行する。途上、香港で植民地主義、帝国主義を目の当たりにして強い衝撃を受ける。

帰国後、『西洋事情』などの著書を通じて啓蒙活動を開始。幕府機構の改革を唱えた。1868年には蘭学塾を慶應義塾と名付け、教育活動に専念。その後も、専修学校(後の専修大学)、商法講習所(後の一橋大学)、伝染病研究所の創設に尽力。近世の教育に功績ある明治六大教育家の一人とされる。

福沢諭吉の名言

行為する者にとって、
行為せざる者は最も過酷な批判者である。

進まざる者は必ず退き、
退かざる者は必ず進む。

独立の気力なき者は必ず人に依頼す、
人に依頼する者は必ず人を恐る、
人を恐るる者は必ず人にへつらうものなり。

人間は、負けるとわかっていても、
戦わねばならない時がある。
だから、たとえ負けても勝っても、
男子は男子なり。
勝負をもって人物を評することなかれ。

今日も、
生涯の一日なり。

学問は米をつきながらも出来るものなり。

空想はすなわち実行の原案

一度、学問に入らば、
大いに学問すべし。
農たらば大農となれ、
商たらば大商となれ。

人生は芝居のごとし、
上手な役者が乞食になることもあれば、
大根役者が殿様になることもある。
とかく、あまり人生を重く見ず、
捨て身になって何事も一心になすべし。

信の世界に偽詐多く、
疑の世界に真理多し。

未だ試みずして、
先ず疑うものは、
勇者ではない。

学問の本趣意は、
読書に非ず、
精神の働きに在り。

社会共存の道は、
人々自ら権利をまもり幸福を求むると同時に、
他人の権利幸福を尊重し、
いやしくもこれを侵すことなく、
もって自他の独立自尊を傷つけざるにあり。

自ら労して自ら食うは、
人生独立の本源なり。

人は他人に迷惑を掛けない範囲で
自由である

ペンは剣よりも強し

賢人と愚人との別は、
学ぶと学ばざるとによって出来るものなり。

人は、生まれながらに、
貴賤貧富の別なし。
ただ、良く学ぶ者は、
貴人となり、富人となり、
そして、無学なる者は、
貧人となり、下人となる。

顔色容貌の活溌愉快なるは
人の徳義の一箇条にして、
人間交際において最も大切なるものなり。

私は軽蔑されて侮辱されても、
その立腹を他に移して
他人を辱めることはドウしてもできない。

自由と我儘(わがまま)との界は、
他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。

自分の悪かったことに気が付いて
改めるというのは立派なことだ。

浮世を棄つるは、
即ち、浮世を活発に渡るの
根本なると知るべし。

難きを見て為さざるは、
丈夫の志にあらず。

人生、万事、小児の戯れ。

読書は学問の術であり、
学問は事業の術である。

活用なき学問は、
無学に等しい。

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