1. まとめトップ

ブリティッシュ・インヴェイジョンが起こらなければ、フォークとロックが交差することはなかったかもしれない。ビートルズやローリング・ストーンズ、その他多くのバンドがロックンロールには、創造的な媒体として幅広い可能性があることをアメリカに改めて認識させた。

アメリカ合衆国で最もフォークロックが活動的であったのは1960年代中頃から1970年代中頃であった。これはヒッピー現象とほぼ時を同じくする。ボブ・ディランやそれ以前のウッディ・ガスリーらのミュージシャンのフォークソング、フォーク・リヴァイヴァルにおけるボーカル・グループ、ブリティッシュ・インヴェイジョンのロック、これらの要素が融合されていき、ハンク・ウィリアムズらの古いカントリーからの影響も見られるようになった。

21.The Beach Boys

アメリカ西海岸の文化~青い海、ビキニの娘、サーフィン、自動車などをテーマにした軽快なサウンドが特徴。ウェストコースト・ロックの元祖に位置付ける見方もあり、アメリカン・ロックでは多くのバンドがそのハーモニーの影響を受けている。音楽的ルーツはR&Rや黒人のドゥーワップにあり、チャック・ベリーの「スウィート・リトル・シックスティーン」をアレンジして「サーフィン・U.S.A.」を作ったことは有名である。「サーフィン・U.S.A.」のメロディーは「スウィート・リトル・シックスティーン」とほぼ同じであることはビーチ・ボーイズも認めている。

60年代後半に一時的に斬新なポップ・サウンドを作ったとされるザ・ビーチ・ボーイズは、フォークロックのジャンルに含まれることは無いが、1966年に、1920年代の西インド諸島に伝わる民謡「スループ・ジョン・B」をカバーした。

22. Bob Dylan

「風に吹かれて」、「時代は変る」、「ミスター・タンブリン・マン」、「ライク・ア・ローリング・ストーン」、「見張塔からずっと」、「天国への扉」他多数の楽曲により、1962年のレコードデビュー以来半世紀にわたり多大なる影響を人々に与えてきた。1964年頃からマリファナなどのドラッグの影響が煮られ始める。ビートルズやローリング・ストーンズをはじめイギリスのミュージシャンとの交流が芽生えたのもこの時期で、中期以降のビートルズがドラッグ体験をモチーフにした曲を多く残したのは、ディランと関わったのがきっかけとされている。

23.The Byrds

フォークミュージックの温かな雰囲気と、ロックンロールのリズム感と豊かなハーモニーを融合させた独特のサウンドが持ち味のフォークロックというジャンルに属するアーティスト。1965年にボブ・ディランの作った「ミスター・タンブリン・マン」でデビュー。次いで『旧約聖書』の「コヘレトの言葉(伝道の書)」3章を元に曲をつけたピート・シーガーの「ターン・ターン・ターン」が発売されたが、これら2曲はバーズのシンボル的な曲となった。1966年には、当時のサイケデリック・ムーブメントを先取りした先進的な楽曲「Eight Miles High」が発表される。この作品のインパクトは大きく、いくつかのラジオ局が「ドラッグ体験を連想させる」との理由で放送禁止にした。後のビートルズの『リボルバー』などの作風に大きな影響を与えている。

24.The Mamas & Papas

ヒッピー/フラワームーブメントはサイケデリック文化の1つであり、ママス・アンド・パパスは60年代のフラワー・ムーヴメントを代表するフォークロック・グループである。デビューから2年間に6曲のヒットを生み出した、男女4人の混声グループ。それぞれ男性には「パパ」、女性には「ママ」とニックネームが付けられ、サイケデリック時代、サンシャイン・ポップス時代にママス・アンド・パパスは素晴らしい音楽活動をしたが、グループ内の男女関係はドロドロしたショッキングなものであった。

25.Simon & Garfunkel

ポール・サイモンとアート・ガーファンクルの2名より成るフォークデュオ
1963年に、デュオ名を現在の「サンモン&ガーファンクル」に改め再デビュー。しかしデビューアルバムの売り上げがたった3000枚と言う惨憺たる結果となると、ポールはヨーロッパへ放浪の旅、アートはデビュー前に通ってた大学院に戻っていた。しかし、このアルバムを耳にしたとあるプロデューサーが、その収録曲の1つであり後に彼らの代表曲とも呼ばれるようになった「サウンド・オブ・サイレンス」に手を加えてシングルカットした所、これが瞬く間に大ヒットを飛ばす事となり、一躍人気フォークロック・デュオとして世に名が渡るようになった。

26.Crosby, Stills, Nash & Young

1969年5月29日、3人はデビュー・アルバム『クロスビー、スティルス&ナッシュ』を発表。アルバムはアコースティクな音作りと、3人のコーラスの美しさですぐに人気を呼んだが、もっとロック的要素を強めたいというスティルスの希望に沿ってメンバーが追加されることになった。数人のミュージシャンに加入を打診したがことごとく断られ、最終的に、当時すでにソロとして活動していたニール・ヤングがギタリストとして加わることになった(同年6月15日には4人で「どうにもならない望み」の再録音を行っている)。ヤングの参加によりグループ名はクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングとなった。

60年代は、ビートルズの登場によるブリティッシュ・インヴェイジョン、シンガーソングライターやフォークロック、そして、サイケデリックロック、これらの音楽とヒッピー・ドラッグカルチャーが交錯し合い、新しい音楽と文化を作り出した時代であった。

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