1. まとめトップ

すべての極真空手ニュースのまとめ

すべての極真空手ニュースのまとめ

更新日: 2018年04月20日

0 お気に入り 4288 view
お気に入り追加

この記事は私がまとめました

2018国際親善大会、第35回全日本ウェイト制大会

明日から21日(土)22日(日)の2日間、東京体育館にて2018国際親善大会、第35回全日本ウェイト制大会が開催されます。前日の今日は審判講習会、6月開催のセミコンタクトルール大会の講習会が行われました。
参加する選手、ご協力いただく関係者の皆様、2日間よろしくお願いいたします。
また多くの皆様のご来場ご観戦をお待ちしております。

極真会館・松井館長 空手家のSKE48入りを熱望

国際空手道連盟極真会館の松井章圭館長(55)が“プロレス魂”を空手に注入する。18日、都内で行われた「2017年度プロレス大賞」授賞式に初めて出席した松井館長は、会場に映し出されたプロレスのダイナミックな映像や、受賞者たちのコメントを絶賛。「プロレスラーの表現力はすごい!」と舌を巻いた。

「物事は自分が何をしたかではなく、相手にどう伝わったかが大切です。そういう意味でプロレスラーの表現力は本当にすばらしいと思う。それは空手にも通じること。表現の仕方に違いはありますが、うちの選手も見習ってほしいですね」

 もともとプロレスと極真会館の関係は深い。かつて極真会館の創始者・故大山倍達総裁は、1950年代に全米各地でプロレスラーに真剣勝負を挑んだことで知られる。その後、力道山にも挑もうとしたが、結局実現はしなかった。

「いろいろ因縁のある2人ですが、力道山と大山倍達に影響を受けなかった格闘家はいないと思います。柔道、レスリングも含めて、格闘技という大きい枠組みで盛り上がってほしいですね」と熱弁した。

もちろん、視線の先には2020年東京五輪・パラリンピックがあるのは言うまでもない。空手が五輪の正式競技として採用されただけに、発信力をさらに高める必要がある。そのためにもプロレスラーの表現力を大いに生かそうというわけだ。

「表現力どころか、空手家がプロレスラーになったっていいんです。縛るつもりは全くない。プロレスラーだけでありませんよ。お笑い芸人、学者、企業家…いろいろな分野で活躍することが良い環境づくりにつながる。今回、松井珠理奈さんがプロレスに挑戦されましたが、極真出身者がSKE48のメンバーになってほしいよ(笑い)」

 18年は全日本選手権が50回の節目を迎える。4月には世界大会も控える。松井館長はどんどんギアを上げるつもりだ。

極真拳武會 廣重 毅会長が永眠

享年70歳
ここに生前に賜りました御厚誼に感謝し謹んでご通知申し上げます。
葬儀に関しましては、近親者のみで行われ、改めてお別れの会を予定しております。

極真空手の歴代世界王者である緑健児、八巻建弐、塚本徳臣をはじめ、全日本3連覇の数見肇など多くの強豪を育てた廣重毅氏が18日早朝に横須賀市内の病院で他界、先月より体調を崩し入院していた。70歳だった。

 廣重氏は1947年11月1日福岡県出身。1973年、25歳の時に極真会館入門。大山倍達・極真会館館長の内弟子を3年間全うし卒業。その後、選手として活躍しながら極真会館東京城南支部の支部長の任に着き名を高めた。

選手としては極真会館全日本大会で三瓶啓二、中村誠、二宮城光、東孝ら全日本トップ選手が活躍する中、1977年、29歳の時に全日本選手権に出場し7位。78年では4位。79年5位、同年11月の第2回世界選手権で日本代表に選ばれ活躍。年齢的に遅く空手を始めたハンデを克服すべくパワーに頼らない合理的な空手を身につけた。その経験を指導にも生かし多くの弟子を育てた。

2002年に極真会館を退会。盧山初雄が興した極真館の副館長を経て17年2月より極真拳武會を興し、会長として指導に当たっていた。

【王者となった主な弟子】
緑健児=極真会館 第5回世界優勝:現・新極真会代表
八巻建弐=極真会館 第21、26回全日本優勝、極真会館(松井館長)第6回世界大会優勝:現・八巻道場代表
塚本徳臣=新極真会 第6回、10回全世界大会、全日本大会5度優勝:現・新極真会支部長
数見肇=極真会館(松井館長)全日本大会3連覇、計5度優勝:現・数見道場館長
入来武久=極真会館 第2回全日本中量級優勝:現・新極真会支部長
岩崎達也=極真会館 第7回全日本重量級優勝、極真会館(松井館長)第12回全日本重量級優勝:現・剛毅會空手宗師
高久昌義=極真会館(松井館長)第13回全日本重量級優勝、97年全世界軽重量級優勝:現・錬空武館 高久道場館長)
志田清之=極真会館(松井館長)第15回、16回全日本重量級優勝:現・極真空手師範

【訃報】極真の猛者・佐藤俊和氏が死去、熊殺しウィリーとの激闘も

月3日夜、劇画「空手バカ一代」や映画「地上最強の空手」などにも登場した空手家・佐藤俊和氏がすい臓がんのため死去した。70歳だった。

 昨年の春ぐらいまで道場の指導をしていたが、体調を崩し、昨年10月の秋田県大会では100kg近くあった体重が72kgまで落ちていたと言う。

 佐藤氏は1976年の極真空手・第8回全日本空手道選手権大会王者で、現・新極真会・秋田本庄道場・師範。

選手時代は佐藤勝昭、添野義二、東孝、二宮城光、富樫宜資、ハワード・コリンズらの強豪をことごとく打ち破った。
 選手時代から事業家としても活動。秋田県本庄市議会議員に当選したばかりの31歳のとき、1979年の第2回世界大会に出場し、全盛期の“熊殺し”ウィリー・ウィリアムスと死闘を演じて敗れ、現役を退いた。

その後、事業に精を出すかたわら、秋田県本庄市議会議員を7期務めた。

 通夜は2月7日、葬儀は2月8日に秋田県由利本荘市内で行われる。

伝説の空手家、芦原英幸の特殊ヌンチャクが初公開

空手バカ一代の準主役的存在で一躍人気となり、喧嘩十段の異名をとった故・芦原英幸氏の特別展が池袋の日本武道具にて10月1日~12月中旬(予定)まで開催されている。

これは今年9月に発売された松宮康生著「ケンカ十段と呼ばれた男 芦原英幸」の発売を記念して企画されたもので、極真時代から自ら流派を興した芦原会館時代までの貴重な原稿、写真、遺品直筆サイン色紙(極真時代から芦原会館時代までのもの)、芦原氏自作の手裏剣などの貴重品が展示されている。

そこで初公開となるのが芦原氏の特殊ヌンチャクだ。これは、一見普通の金属の棒のようだが、中央で棒を回すと二つに分かれチェーンのついたヌンチャクに。さらにヌンチャクの先端部分を回すと先端が外れ、突起物が表れる仕組みの恐るべき武器だ

これを芦原氏の空手の弟子だった著者の松宮康生氏が、芦原氏の生前に預かった。「先生はいろんな武器を作ってたんで、その一貫で作られたんではないでしょうか。最終的にはAバトンというトンファーを改良した武器に行き着きますが」
 芦原氏は中学を卒業し上京後、板金工として働いて生計を立てていたため、手先が器用で自作品を多く作ったという。

芦原氏は晩年、トンファーを改良したAバトンを開発。警察の警棒がわりに導入を働きかけていた矢先に病魔に冒され95年、50歳の若さで他界した。

1 2 3 4 5 ... 13 14