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女賊 ベル・スター (西部アウトロー列伝 6)

西部開拓史上、数少ない女賊。〝山賊の女王〟とか〝女ジェシー・ジェイムズ〟と言われ伝説が一人歩きしたベル・スターの実際の生涯をダイジェストします。

更新日: 2018年01月31日

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来栖崇良さん

1848年2月5日、ミズーリ州カーセッジ近くの農園主の娘として生まれた(父親は判事だったという説もある)。

本名はマイラ・ベル・シャーリー。


家は裕福だったようで、上流階級が通う女学校で、正規のカリキュラムの他、音楽や古典語を学び優秀な成績を収めたという。

南北戦争が始まると、一家は戦乱を避けてテキサスへ移住する。
そこで彼女は、兄のバドから乗馬や射撃を習う。

そのバドは、南北戦争に従軍、ジェシー・ジェイムズやコール・ヤンガーと共にクワントリル・ゲリラの一員として活動する。

1864年、バドは北軍に急襲されて死亡。

南北戦争後、一家はテキサス州ダラスの南東の小村に移住、農場を経営する。
そこへ逃げ込んできた元南軍兵士の無法者たちを匿うようになる。


1866年、18歳のベルはそうした中の一人、強盗をしてミズーリから逃げてきたコール・ヤンガーと愛し合うようになり、二人の間には娘パールが生まれる。

ベルとコール・ヤンガーはダラスで2年間過ごすが、やがてコール・ヤンガーはジェシー・ジェイムズの呼び出しに応じてミズーリへ戻ってしまう。

コール・ヤンガーに捨てられた格好のベルは、すさんだ生活を送るようになる。

そして、馬泥棒のジム・リードと知り合い、一緒に暮らし始める。
悪の道に踏み出したベルは、ジム・リードと強盗稼業に日を送るようになる。

1874年、指名手配を受けたジムは、テキサス州パリスで保安官に射殺される。

1880年、32歳となったベルは、チェロキー・インディアンとの混血、サム・スターと結婚し、ベル・スターと名乗るようになる。


サム・スターもまた強盗稼業を生業としていた男で、サム・スターとベルはギャング団を率いてオクラホマ一帯を荒らしまわった。

1883年、フォートスミスで二人は捕まり、〝首吊り判事〟として有名なパーカー判事に裁かれることになる。

しかし、意外なことに一年の刑で済んだ。

出獄後、二人はまたもや悪事を重ねるが、サム・スターは居留地の保安官と撃ち合って殺される。


サム・スターを殺されたベルは、ギャング団の一員、ジム・ジュライと結婚するが、その3年後、官憲の追及が厳しいので自首しようとしたところ、仲間のエドガー・ワトソンに、今度はベル自身が背後から撃たれて殺された。
享年40歳だった。

こうして見ると、ベルが愛した男はいずれもならず者で、その男に引っ張られるようにして悪事を重ねた、というのが真相だったのではないか。



ベルは決してズボンをはかず、上質のドレスを身に着けた貴婦人スタイルで馬に乗り暴れ回っていたので、当時の新聞は〝クイーン・オブ・ザ・バンデッド〟などとセンセーショナルに書き立てた。



それが、彼女の実像をゆがめ、凶悪な悪の女王のイメージを定着させたようである。

アーヴィング・カミングス監督

「女傑ベル・スター」

(1941年、ジーン・ティアニー出演)

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