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【御利益】全国の座敷わらしに会えると噂の宿【幸運】

日本には数多くの「座敷わらし」の伝承が存在する。座敷わらしは地域によって幽霊だったり、妖怪だったり、精霊だったり、種類は違えど、あらゆる超常現象的な存在として語り継がれている。

更新日: 2017年10月01日

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sai_waiさん

|座敷わらしとは?

岩手県を中心に,東北地方でいわれる妖怪の一種。

赤顔の5~6歳ぐらいの幼児の姿をし,村々の旧家の奥座敷にいるとされる。

子供たちが遊んでいるなかに突然現れたりするが,その姿は子供たちには見えてもおとなには見えないという伝承がある。

最も特徴的な民間信仰として、座敷童子がいる家は栄え、座敷童子の去った家は衰退するということが挙げられる。

こうした面から、座敷童子は福の神のようなもの、または家の盛衰を司る守護霊と見なされることもある。

|岩手県 - 金田一温泉 -

緑風荘は、岩手県二戸市、金田一温泉にある「座敷わらしに会える宿」として有名な温泉旅館。

座敷わらしがよく目撃されるのは奥座敷の「槐(えんじゅ)の間」で、その姿を見た者は大変な幸運に恵まれるという伝説が残されている。

2009年に一度は火事で消失するも、2016年に新しく再建され復活を遂げた。

出典iwale.net

座敷わらしがよく目撃された「槐の間」。焼失前の室内が再現されている。

敷わらしがいるとされている槐の間(えんじゅのま)は、宿泊することはできないが、見学することはできるそう。

奇跡的に焼失を逃れた「亀麿神社」

この火災の時に、緑風荘の中庭にあった祠(ほこら)に着物姿の子供が逃げ込んだという目撃情報があり。

火災で宿は全焼したが、不思議なことにこの祠だけは焼けずに残った。

2009年10月4日午後8時半頃、配電盤が出火の原因とされる火事が発生。築300年の母屋と新館を含め緑風荘は全焼する。宿泊客と従業員は全員無事だったが、旅館は営業停止を余儀なくされた。

これはザシキワラシが去ってしまった為に起きた火災なのではと心配されたが、当主によれば、「実は母屋も新館もだいぶ土台が傷んでいたんです。改修しなければいけなかったけど、3年先まで予約が切れずに入っていたので、できなかった。

火事は東日本大震災の1年半前ですが、あの地震がきたら倒壊して犠牲者が出ていたと考えられます。また直前は満室がずっと続き、働いている家族は休みが取れずにいつ倒れるかという状態でした。

火事で犠牲者は1人もいませんでしたし、旅館だけが燃えて、すぐ隣の家には延焼しませんでした。後から考えると火事になったことで助けられたというか、守られたとさえ思います」と語り、世間を安心させた。

さらに、奇跡的にも亀麿を祀る「亀麿神社」だけは焼失を逃れ、そこへ着物姿の小僧が逃げこむのを見たとの目撃情報がある。

出典iwale.net

焼失前の「槐の間」全国からのお供えの品で溢れかえっている。

緑風荘における座敷わらしの伝承は、一般的に知られていることと少し異なる。名前は亀麿(かめまろ)と呼ばれ、二戸市のゆるキャラにも採用されている。

公式サイトによると、『およそ670年くらい前の南北朝時代、南朝の後醍醐天皇に使える 藤原朝臣藤房(万里小路藤房)が北の足利軍に追われ現在の東京都あきる野市に身を隠した。

その後さらに北上しその道中で二人の子供の内、当時6歳だった兄の亀麿が病で倒れその幼き生涯を閉じる。 その際「末代まで家を守り続ける」と言って息を引き取ったそうだ。

その後、守り神<座敷わらし>として奥座敷の槐(えんじゅ)の間に現れるようになったと言い伝えられている。その姿を見たり、不思議な体験をした人は大変な幸運(男=出世 女=玉の輿)に恵まれる』といわれている。

緑風荘に宿泊した著名人たち

原敬(第19代内閣総理大臣) - 東北遊説の際に宿泊。その後、総理大臣就任。
米内光政(第37代内閣総理大臣) - 宿泊後に総理大臣就任。海軍大臣や聯合艦隊司令長官を歴任。
福田赳夫(第67代内閣総理大臣) - 総理大臣に就任。福田康夫(第91代)も訪れたと言われている。
田子一民(第33代衆議院議長) - 座敷わらしに出会い政治家として出世。
三船久蔵(武道家) -「槐の間」で座敷わらしと組み合いあしらわれたという。
本田宗一郎(本田技研工業創業者) - バイクでツーリング中に宿泊。その後事業拡大。
松下幸之助(パナソニック創業者) - 事業を世界規模に展開。
稲盛和夫(実業家) - 宿泊後に事業建て直しに成功。
金田一京助(作家) - 学者・作家として出世する。緑風荘に度々訪れ五日市家と交流があった。
三浦哲郎(作家) - 緑風荘で感じたインスピレーションによりヒット作品を世に出す。
遠藤周作(作家)- 館内で座敷わらしに遭遇し、その出会いを作品に描いている。
水木しげる(漫画家)- 「槐の間」での座敷わらしとの出会いを雑誌で詳細に述べている。
つのだじろう(心霊研究家)- 緑風荘に奉納した座敷わらしの絵に描かれた眼球が動いたことで話題に。
水戸泉政人(元大相撲力士)- 「槐の間」宿泊後、1992年7月場所幕内優勝。
ゆず(音楽グループ) - ストリートミュージシャンからメジャーデビュー。
岩手県立福岡高等学校女子ソフトボール部 - 槐の間で優勝祈願。全国優勝を果たす。

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緑風荘から200メートルのおぼない旅館。

地元のテレビでも何度も紹介されており、料理を始め、名物女将の接客が好評な宿。

出典gazoo.com

ガラガラ・・と扉を開けて、中に入ると土間が有り・・また扉です。

東北部にある、入口の二重化ですね。
で店内に入ると・・・

出典ameblo.jp

壁一面に目撃談やらオーブの写っている写真やら。

ネットで見て気軽に決めた割に、濃厚な宿泊となりました。

開湯は江戸時代の寛永3年。

金田一温泉郷は南部藩指定の湯治場であり、武士たちが戦の傷をここの温泉で癒していたといわれています。
金田一温泉にはいくつか源泉があるのですが、「侍の湯 おぼない」で使われているのはそのうちのひとつ、開湯380年の歴史を持つ「玉の湯」です。

弱アルカリ性の単純温泉はとろりとしたお湯で、しっとりと肌になじむ素晴らしい温泉です。

出典gazoo.com

「侍の湯 おぼない」は、実は魚屋さんが営んでいらっしゃる宿。

だから魚は、八戸港から毎日直仕入れているもの。

焼きたての鮎や新鮮なお刺身などは、さすが魚屋さん、とても美味しいです。他にも、和牛の中でも1%しかいないという貴重な短角牛、岩手県の郷土料理「ひっつみ鍋」や金田一地区のあきたこまちを使用した二戸名物「ホタル飯」など、夕食もとても楽しめる内容となっています。

座敷わらしで有名な金田一温泉郷ですが、「侍の湯 おぼない」でも、遭遇した人やちょっとイタズラされてしまった人などが続出しているそうです。

宿の建物は昭和初期のもので、とくに廊下などは座敷わらしがいつ出てもおかしくないような雰囲気満点。

壁一面に座敷わらしの目撃談や体験談が書かれた紙がびっしりと張られているのを見ると、結構な確率で出会えていることが推測できます。

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女の子の座敷わらしが出るということでじわじわと話題になっているのが仙養館です。

有名な動画サイトに仙養館で撮影されたオーブの動画が投稿されたことで、話題になりました。

ちなみに金田一は二戸の地名で、発音は「きんたいち」です。「きんだいち」ではありません。

正面がReception、入浴を申込み快諾を得ました。入浴料金は500円です。

入り口に入ると、宿泊客が置いていった人形やらがたくさん並んでいました。

女将さんがお客さんの体験談を記したノートや写真を見せてくれます。

オーブがめっちゃ写っていました。

円形で面白い。

女性用風呂と仕切りの下で直接繋がっているようです。

床には温泉成分の析出が見られました。

「暁の間」

ここがよく「わらしさん」が遊びに来る部屋だそうです。

前から不思議な体験をしている方は多いようで、オーブが写真や動画で撮影される、精密機器に異変が起こる、誰かの気配を感じる、枕元で足音がする、誰かの声で起こされた・・・こういった具体的な体験談が多く見られるのです。

建物が古いこともあり、いかにも座敷わらしがいそうな雰囲気ではあります。最近では公式サイトを公開しているお宿が多いのですが、仙養館にはそういったものがないようです。まさに秘密の場所という感じがします。

メディアへの露出をほとんどしていない仙養館だからこそ、行けば座敷わらしに会うことができるかもしれません

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