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老舗、名店が消えた!原因は後継者不足・・・・?

観光客にも愛されてきた名物店の灯が消える。

更新日: 2018年04月24日

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Doragonflyさん

北海道のJR・道南いさりび鉄道木古内駅そばにあった老舗食堂「駅前飯店急行」の店主垣内キミさんが5月、亡くなった

旧国鉄時代や昨年春の北海道新幹線開通など、木古内のまちの移り変わりを見守った88年の生涯だった。約60年続いた食堂は、垣内さんの死去とともに幕を閉じた

「駅前飯店急行」は、垣内さんが作る和風味の焼きそばが名物だった。2013年夏までは、JR木古内駅のすぐ前で開店当時の古い店舗で親しまれてきた。北海道新幹線開業に伴う駅前再開発で立ち退き、同年10月から数百メートル離れた場所に移転して営業を続けていた。

江差線乗りつぶしの時に木古内駅前の駅前飯店急行で焼きそば食べました。 食べきるのが大変なくらいの量で…とても美味しかったです。 ご冥福をお祈り申し上げます。

【名物食堂閉店 厨房で店主倒れ】北海道の老舗食堂「駅前飯店急行」が店主の死去で幕を閉じた。直前まで名物の焼きそばを作り、厨房(ちゅうぼう)で倒れた。 yahoo.jp/z6KZH7

駅前飯店急行の閉店で、北海道から急行の灯が消えた。。 一つの時代が終わったとしか言いようがない。。

学生満腹さぬきうどん店、閉店へ

香川大近くのうどん店「吾里丸」(高松市宮脇町1丁目)が、22日で閉店する。うどん食べ放題や激安の天ぷらなど学生の胃も懐も温め続けてきた。店には閉店を惜しむ学生や卒業生、常連客らが連日詰めかけている。

店が繁盛するにつれ、片岡さんの労働時間も増えた。母親(84)の介護などとの両立が難しくなり、閉店を決意したという。「心苦しかったけど、もう続けることはできない」。閉店を知った学生が泣きながら店に入ってきたときは、自分も涙を我慢できなくなり、しばらく店の裏に隠れてしまった。

久留米のパン老舗「キムラヤ」全店閉鎖へ

木村屋によると、1926(大正15)年、日本で最初にあんパンをつくった木村屋総本店(東京)からのれん分けして創業。昭和初期発売のメロンパン「まるあじ」や、ハムと野菜サラダをはさんだ「ホットドッグ」などの看板商品が長く親しまれた。

久留米市には本社工場と直売店の「キムラヤ」が5店、福岡県筑紫野市と佐賀県鳥栖市に各1店ある。店舗が今月閉鎖した後、パン製造のフランソア(福岡県新宮町)が工場の事業譲渡を受け、自社工場として稼働させる。従業員についてフランソアは「最優先で雇用したい」とし、看板商品の一部の製造を続けられるか検討するという。

久留米のパン老舗「キムラヤ」全店閉鎖へ 名物まるあじ:朝日新聞デジタル asahi.com/articles/ASK14… 久留米市民が長年慣れ親しんだあの味が無くなるのは寂しい…

ミックスジュース発祥、大阪の喫茶店 70年の歴史に幕

「ミックスジュース発祥の店」として知られる大阪・新世界の喫茶店「千成屋珈琲(せんなりやコーヒー)店」(大阪市浪速区)が今夏、閉店した。伝統の味を守ってきた3代目店主の恒川豊子さん(73)が体調を崩し、約70年の歴史に幕を下ろすことになった。

【経】ミックスジュース発祥の新世界喫茶店、営業再開 (読売新聞) ift.tt/2qvJMRm 大阪・新世界(大阪市浪速区)の商店街「ジャンジャン横丁」に立地し、ミックスジュース発祥の店とされる老舗喫茶店「千成屋珈琲(せんなりやコーヒー)店」が29日、昨夏の…

朝日新聞 ミックスジュース「発祥の店」復活 新世界、ファン継ぐ 朝日新聞 ミックスジュース発祥の店」として知られ、昨年閉店していた大阪・新世界の喫茶店「千成屋珈琲(せんなりやコーヒー)店」が… goo.gl/GcS53Q

鹿児島「最古」のラーメン店復活

鹿児島で「最古」の老舗ラーメン店、のぼる屋が4日、鹿児島市金生町に復活した。後継者がなく、一度途絶えた味を、のぼるファンが原材料を突き詰めて、約3年ぶりに再現した

のぼる屋は1947年に創業。横浜で看護師をしていた道岡ツナさん(故人)が、看病した中国人に中華そばの作り方を教わり、鹿児島市堀江町で店を開いたことが始まりだった。

築地「佃權(つくごん)」の閉店

築地から、観光客にも愛されてきた名物店の灯が消える。残念でなりません。
6月末までに味わっておきましょう!

明治元年に創業し、およそ140年の歴史をもち、かまぼこ、はんぺん、おでん種などの練物商品を製造し、作りたて(すべて手づくり)を販売・・・江戸の昔、将軍家に江戸前の魚を献上していた佃島の權三郎という漁師がおりました。明治元年になって練り物専門店「佃權」を創業、

築地では老舗中華料理店『福新楼』も60年の幕

築地場外市場の目の前にある、小さいけど赴きのある建物の中華料理店です。昭和40年ころからある老舗のお店。

昭和24年に営業をはじめて60年。築地の中華料理店として頑張ってこられました。
ご主人がご病気になり、女将さんがその看病に専念されるということで、閉店を決められたそうです。

明治36(1903)年創業の内神田の蕎麦屋「満留賀」が2016年6月24日、突然その暖簾を下ろした。

東京・内神田にある老舗の蕎麦屋「満留賀」が閉店した。 店主は蕎麦アレルギーを患っており、症状が悪化したことがその理由。インターネットでは、驚きとともに、「あまりに切ない」との声があがっている。

「お客様にお知らせ
日頃から格別のお引き立てを賜り誠に有難う御座います。
この度、店主、蕎麦アレルギー悪化により、下記の通り一時閉店させて頂くことになりました。
明治36年(1903年)より神田の地に来て113年に亘り、永い間ご愛顧いただきました皆々様に心から厚くお礼申し上げます。
誠にありがとうございました。」

357年間続いた京都の桂飴本家「養老亭」

遠山さんの先祖がこの地で飴を作り始めたのは江戸時代初期にさかのぼる。遠山氏はもとは美濃苗木城の城主だったのが、明暦年間(1655~57)ごろにこの地に来て、飴作りを始めたらしい。

桂御所(現在の桂離宮)に代々納めた「桂飴(あめ)」を現在も作り続けている「桂飴本家 養老亭」(京都市西京区桂)が、31日で357年に及ぶ歴史に幕を下ろす。後継難といい、12代目店主の遠山隆夫さん(75)は「お客さんに支えられ、伝統を守れた」としている。

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