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ビル・ティルマン(西部保安官列伝 5)

アウトローか保安官か、区別のつけにくい経歴の持ち主が多い中、この男こそ正真正銘の正義の保安官である。何しろ、荒くれた西部の町々で、悪の道に染まることなく、35年間も保安官を務めたというのだから。

更新日: 2018年01月31日

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来栖崇良さん

アイオワ州フォート・ドッジでドイツ系移民の子として生まれる。

3歳の時、一家はカンザス州アチソンに移住、16歳の時、父が軍の支給で持ち帰っていたシャープス・ライフルを持ち出し、二度と家に帰らなかった。

家を出た後、ビルは友人と組んでコヨーテ狩りや野牛狩りに従事し、次第に銃の名手として認められるようになる。


19歳の時、サンタフェ鉄道の建設作業員の食料として、毎週50頭のバッファローを供給する契約を取り付けた。

以後、5年間で、ビルが仕留めたバッファローの数は12、000頭に及ぶ。

仲間が酒や博打で金を無くす中、ビルは堅実に貯蓄をし、ドッジ・シティの近郊に600エーカーの牧場を買い、未亡人フローラ・ケンドールと結婚する。
二人の間には、4人の子どもが生まれている。

牧場の運営には、チェロキー・インディアンの血を引くニール・ブラウンを雇った。ニールは拳銃の名手で、後に保安官として名声を博す。


ここまで、ビルの人生は実にまっとうである。アウトローへの傾斜は見られないと言っていい。

ビルが友人のヘンリー・ガリソンと共同で、ドッジ・シティにサルーンを開くと、ここで保安官のバット・マスターソンと知り合う。


バット・マスターソンはビルの腕を買い、保安官助手になるように頼む。

ここに、23歳のビルは、35年間続くロウマンとしての第一歩を踏み出すことになった。

ドッジ・シティでは助手を4年、正保安官を3年務めた。

ワイアット・アープやチャーリー・バセットいった、有名な保安官とも同僚になった。

もちろん、仕事のうえで引けを取ることはなかった。



暴れ者のクレイ・アリソンを捕らえて男をあげたたこともあった。

ドッジ・シティの保安官を辞めた後は、オクラホマの連邦保安官補となり、更にオクラホマのベリーやオクラホマ・シティの保安官を歴任した。
住民からは「アンクル・ビル」と呼ばれて尊敬されたという。

後ろから彼を撃とうとした部下を、著名な無法者ビル・ドォーリンが止めたというエピソードがあるくらいだ。

1892年、ビルは政府の命令で、そのドォーリンを凶悪強盗犯として追った。1ヶ月後、アーカンサスの温泉で治療中のドォーリンを逮捕、賞金5000ドルを手に入れている。


また、ヘック・トーマス、クリス・マドソンといった名保安官たちと組み、ドォーリン・ギャングの残党や多数の無法者を捕らえている。

1911年にはオクラホマ・シティの最高判事となり、1924年には招かれてコーンウェルの判事を務めた。

まさに正義の人としての人生であったと言える。

ただ、このコーンウェルで彼は、密売酒業者のウィリー・ラインに背中から撃たれて殺された。
1924年11月1日のことであった。

享年74歳。

マイケル・ファイアー監督

「ワイアット・アープリベンジ/荒野の追跡」


(2012年、出演レヴィ・フィーラー)

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