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あまりに凄惨な戦場描写に戦慄…映画「ハクソー・リッジ」が公開

メル・ギブソン監督作品「Hacksaw Ridge」が6月24日に日本公開となりました。本作は実在した良心的兵役拒否者のデズモンド・ドス氏の半生を描く作品。その舞台が沖縄ということもあり、巷では大いに話題になっているようです。

更新日: 2017年06月25日

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話題の戦争映画「ハクソー・リッジ」がついに日本公開

本作は"良心的兵役拒否者"として初めて名誉勲章を受けたデズモンド・ドス氏の沖縄戦における活躍を描いた映画。しばらく映画製作から離れていたメル・ギブソン監督がメガホンをとり、「アメイジング・スパイダーマン」などで知られるアンドリュー・ガーフィールドがメガホンをとっています。舞台が沖縄であるということ、その戦場描写があまりに凄惨であることなどから公開前から大いに話題になっていましたが、24日にいよいよ公開となりました。

沖縄戦の実話を基にしたメル・ギブソン監督の最新作「ハクソー・リッジ」が、いよいよ日本でも24日から公開

第89回アカデミー賞にて編集賞と録音賞を受賞した本作は、第2次世界大戦時、武器を持たず最前線に赴き75人の命を救った実在の衛生兵デズモンド・ドスの姿を描く戦争ドラマ

“命を奪う戦場で、命を救おう”という、戦場の常識を覆した1人の男の葛藤と強い信念を浮き彫りにしていく……実話から生まれた衝撃の物語

ハクソーリッジ試写会で見てきたけど、沖縄の人の感想が聞きたいなと思いました。前半はヒューマンドラマみたいな感じですが、後半はすさまじい殺戮の戦闘シーンが延々と続きますので、グロいものに耐性がない場合、トラウマものになると思います。あまりはっきり宣伝されないけど、沖縄戦の映画です。

地獄の戦場で自らの信念に従った男の姿を描く

第2次世界大戦中、デズモンド(アンドリュー・ガーフィールド)は、人を殺してはいけないという信念を持ち、軍隊に入ってもその意思を変えようとしなかった

仲間からリンチに遭う“良心的兵役拒否者”のドスは軍法会議にかけられるが主張を曲げず、自衛の銃すら持たずに従軍する。

送られたのは、太平洋戦争末期1945年の沖縄戦線。 “ハクソー・リッジ(鋸の尾根)”と呼ばれた日本軍最後の砦、前田高地での闘いは熾烈を極める。大戦で最も過酷と言われた最後の死闘だった。

日米両軍から甚大な犠牲者を出した惨状の中、丸腰のドスは身の危険を顧みず負傷した米兵を次々に救い出し、時に重傷の日本兵にモルヒネを与えた。

デズモンド・ドスは実在した第二次大戦の英雄である

セブンスデー・アドベンチスト教会の信者で、信教上銃はもたないことになっていた。衛生兵として沖縄に従軍、同戦いにおいて最大の激戦であった嘉数の戦いに参加。前田高地攻略戦中、他の兵が撃退されても彼だけは頂上にふみとどまり、何回となくロープで、負傷兵を下方に降ろし、洞窟から洞窟にとび回って、負傷者に救急手当てをほどこし、日本軍の猛砲火の中をかいくぐり、75名(実際は更に多いとも言われる)の兵士の命を救った。後に良心的兵役拒否者として初の名誉勲章を授かることになる。

ドスは実在の人物で、映画に描かれた通り、自ら陸軍に志願しながらも信仰を理由にいかなる武器も持たないという意志を貫き、衛生兵として赴いた沖縄戦において、たった1人で75人の命を救った

「絶対に仲間を助ける」という強い信念と、「人を殺してはならない」という神の教え。それが平和の時代なら普通の若者だったはずの青年に力を与え、多数の負傷兵を救出する戦場の英雄を生んだ

ドスは良心的兵役拒否者としては初となる名誉勲章を受けており、映画化の話はこれまで何度もあったという。

英雄として知られるドス氏には数多くの映画化のオファーがあったが、生前には本人の意思によって実現しなかった。

しかし、「真の英雄は大地に眠る人たちだ」と言うドスは、06年に87歳で亡くなる数年前まで、映画化を許さなかった。

「ドス氏は良心的兵役拒否者でした。そして彼は、一切武装することなく、衛生兵として戦場に行きました」

メル・ギブソン

「彼が行ったことは超自然的で、彼はその働きをただ信仰を通して行ったのです。ドス氏はただ信仰によって武装したのです」

メル・ギブソン

沖縄戦最大の激戦地が本作の舞台となっている

本作で描かれる「前田高地の戦い」は沖縄戦最大の激戦とされる嘉数高地の戦闘に連なるものである。戦闘は4月8日(7日)から16日間にわたって展開され、その間の両軍の戦死傷者は合わせて約10万にのぼった。一般的に太平洋戦争は物量に勝る米軍が一方的に日本軍を押し潰したかのようなイメージがあるものの、実際の様相は大分異なり、日本本土の目と鼻の先にある沖縄においては日本軍の抵抗も苛烈を極め、米軍は多大な損害を強いられている。日本軍は巧みな防御戦闘を行い米軍を幾度となく撃退し、多量の出血を強要した。公刊戦史からは米軍から見た沖縄戦も極めて激しく凄惨な戦いであったことがうかがえる。

ハクソー・リッジとは「のこぎりの崖」を意味し、150メートルにも及ぶ断崖絶壁の前田高地に米軍が付けた名前だ。

沖縄防衛を命じられた第32軍司令部のあった首里から北に約3キロメートルと、日本軍にとっては南下してくる米軍を迎え撃つ防衛戦の要だった

一方、米軍にとっては「ありったけの地獄を1つにまとめた戦場」と表現するほど、大きな苦戦を強いられた場所だ。

日本軍にとって第二線主陣地線であった前田高地でも激闘が繰り広げられた。前田高地は、前田集落の北側に広がる高地で、戦車などの装甲車両はまともに使用することが難しく、機動性に優れた歩兵部隊ですら縄ばしごを掛けて登坂せねばならなかった。この困難な地形を踏破して同地区を奪取しようとする米軍と、これを死守しようとする日本軍の間で血みどろの白兵戦が繰り広げられた。最終的には米軍がこれを奪取したものの、あまりの戦闘の激烈さに発狂する者が続出したという。このような状況の中、ドス氏は負傷者を救うために戦場を駆け巡った。

態勢を整えた日本軍は、前田守陣地を死守すべく物量に勝る米軍と死闘を展開していった。戦闘のあまりの激しさに米兵の中には発狂者も続出したといわれている。

それは全く地獄絵図だった。帰ってきた兵隊は『もう二度とあんなところへなんかいくもんか』と叫んだ

米国陸軍公刊戦史 「Okinawa The last battle」

前田の戦闘では、血なまぐさい肉弾戦の末、米兵でさえ、日本軍の“バンザイ攻撃”を地でいくような行動に出たことが記録されている

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