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100年前の技師からの贈り物。美しすぎる日本全国の『山アテ道路』

カーブを曲がると、目の前には前方にそびえる美しい山に向かって一直線に伸びる道路──。ハッと息を呑むような、こんな美しい光景に出会ったことはありませんか?『山アテ道路』と呼ばれるこのような都市計画の技法は、今ほど測量技術が発達していない100年前の技師たちからの贈り物です。

更新日: 2017年07月08日

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日本古来の都市設計『山アテ道路』とは

山に向かって一直線。
こんな美しい道は、昔の技術者からの“贈り物”。

「山当て」とは、都市の町割りをするとき、主要街路および水路を近くの主要な山に向けて設置する手法。

起伏に富んだ土地を有する日本では、古来より「山アテ」という技法による都市計画が行われてきました。

日本でも古来から続く独特の設計技法があり、都市の町割りをするとき、主要街路のビスタを近傍の目立つ山に当てる「山あて」という、町のいたるところで山が見え、目印になるように、道路や水路を設けていく手法が知られている。

山アテの対象としては,全国的に有名な富士山や愛宕山,筑波山などから各地の山々まで多様で、場合によっては山以外に城の天守閣や海などへ向けた道路計画もある。

道路周辺の建物、街路樹などの風景が山を焦点として一点に集中するため、美しい景観となります。

『山アテ』道路は日本各地にある

山アテとは街路の軸を周辺の山に向けて道路を配置する技法のことであり、この手法を用いた街路は城下町を中心に日本各地で見られる。

この手法を用いた街路は城下町を中心に江戸や北海道など日本各地で見られます。

「富士見通り」はJR中央線国立駅南口の改札を出ると右手斜めに伸びている商店街通り。

富士見通りと呼ばれるようになったのは、西方面に富士山が見えることからです。
なんでも、国立市の街の計画時に、そこまで計算されていたのだそうです。

関東の富士見百景に認定されただけあり、真正面に富士山を眺めることができる大通りです。

この道路は、平成17年に国土交通省関東地方整備局から『関東の富士見百景』として選ばれたのですが、実は右写真の通り電線が邪魔しています。富士見百景に選ばれたからには、それに相応しい眺望が期待されると思うのですが如何なものでしょうか。

江戸時代の浮世絵でも、山アテの技法は美しいものとして描かれていました。

東京では本町通りや駿河通りが富士山に。中央通りや銀座通りが筑波山へアテられていることが知られている。

北海道には多数の『山アテ道路』が存在する

この「山アテ道路」は北海道全域で実に35ヶ所もある。

北海道の直線道路には、他の地域ではなかなか見られないユニークな現象がふたつ見られます。
ひとつは、進行方向の先に山が見える直線道路が多いこと。羊蹄山のような著名な山に向かう道もありますが、地域の小さな山に向かう道も多いのです。

明治時代は、北海道開拓のため各地を測量して道路などのインフラ整備が急がれた。
当時は西洋の精密測量器具はなかなか入手できず、多くの原生林の中は見通しの効かない場所だった。

北海道では、明治政府が北方の守りを固めるため急ぎ開拓したため、各地に山アテ道路があります。

最新の測量技術、機器もない条件で、原生林の中に道路を作らなければなりませんでした。
その時にとられた手法が、周囲の山に軸線をあてて道路の位置を決めて開削を進めた『山アテ』でした。

測量をする際に基準とする軸を定めなければならず、さらに仕事を急がされた技術者達は遠方の山頂にその軸を求めました。

こうして基準となる直線道路の遠方に山がそびえる「山アテ道路」が誕生した。

北海道の山アテ道路は、ほとんどが山を測量の視準点として使った結果誕生したものであると考えられます。その証拠に、運河、捷水路、排水路などの人工河川や鉄道にも山にアテているものがあります。

斜里岳に山アテしている、大空町の町道朝日南10号線。

『山アテ道路』は100年前の技術者からの贈り物

山アテ道路の形成背景として考えられる要因のひとつに、現在ほど測量技術が進んでいなかった当時は、山アテが最も容易な測量方法であったことが考えられる。

全国各地に見られるこうした山アテ道路は、その土地の地形や歴史を物語る意味でも重要な景観であり、当時の技術者が残してくれたかけがえのない財産といえるだろう。

この景観は「百年前の技術者からの贈り物」と表現されるほど美しい。

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