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【訃報】芸能人 2017下半期 (7月〜12月 )

心よりご冥福をお祈りいたします。

更新日: 2017年10月30日

umepipiさん

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7月

【くりた陸】

くりた 陸(くりた りく、本名:岸本 摩由美(きしもと まゆみ)1962年10月18日 - 2017年7月4日)は、日本の女性漫画家。青森県出身。血液型はB型。

少女漫画誌『少女フレンド』 (講談社) などで、恋愛やファンタジーなどの作品を掲載。その後、『デザート』や『BE・LOVE』 (いずれも講談社)などの女性漫画誌で、大人の恋愛や家族の愛情を描いた作品を発表し活躍。小説や映画を原作とする作品や小説のイラストも手がける。代表作に『ゆめ色クッキング』『くじらの親子』『オレの子ですか?』など。

乳がんと闘いながら執筆を続けていた漫画家のくりた陸さんが4日に亡くなったことがわかった。くりたさんのTwitterアカウントや、漫画誌の「デザート」、「Eleganceイブ」などが公表した。

くりた陸さんのTwitterアカウントは、「長らく病気と闘ってきたくりた陸ですが、7月4日早朝に、息を引き取りました。人生の途上で出会い支えてくださった皆様へ深く感謝申し上げます。ありがとうございました」と報告。くりた陸さんは、2003年頃に乳がんを患い治療したが、2012年に遠隔転移が判明した。再発後も執筆活動を続け、「フォアミセス 2017年8月号」には自伝的な家族の物語「娘とともに…」が掲載されている。

くりた陸さんは、代表作に「ゆめ色クッキング」「くじらの親子」「オレの子ですか?」などがある女性漫画家。「少女フレンド」や「デザート」「BE・LOVE」などの漫画誌で恋愛や家族の愛情を描いた作品を掲載し活躍した。

【中嶋しゅう】

中嶋 しゅう(なかじま しゅう)
生年月日1948年4月18日
没年月日2017年7月6日(満69歳没)
身長172 cm
職業俳優・演出家
ジャンル舞台・映画・テレビドラマ
配偶者鷲尾真知子
所属劇団劇団NLT(1977年 - 1989年)
事務所COME TRUE

6日に舞台上から転落し、搬送先の病院で同日午後10時ごろに亡くなった俳優・中嶋しゅうさん(享年69)の死因が「急性大動脈解離」であることが7日、分かった。所属事務所が公式ホームページ発表した。

既に報道等でご承知の事と存じますが、7月6日に初日を迎えました「アザー・デザート・シティーズ」の上演中、弊社所属俳優、中嶋しゅうが、舞台下に転落した原因につきまして、検視の結果「急性大動脈解離」を発症していたことがわかりました。

 昨日の舞台初日に足をお運び下さり観劇いただいていたお客様、また観劇を心待ちにして下さっていたお客様、共に舞台上で共演させて頂いたキャストの方々、そしてスタッフの方々に於かれましては、多大なご心配、ご心労、ご迷惑をおかけしてしまいましたことを深くお詫び申し上げます。このような結果になってしまい、まだ気持ちの整理がつかずにおりますが、今後のことにつきましては、また改めてご報告させて頂きます。

午後8時10分ごろ、寺島の父役で出演していた中嶋さんが、舞台に地べた座りの状態から立ち上がった際にバランスを崩し、約75センチ下の客席に転落して、頭を強打したようです。

寺島さんの呼びかけにも反応がなく、駆けつけたスタッフや現場にいた医師が心臓マッサージなどの救命措置を施し、都内の病院に緊急搬送するも、都内の病院で午後10時に死亡が確認された。

【砂川啓介】

砂川 啓介(さがわ けいすけ、1937年2月12日 - 2017年7月11日)は、日本の俳優、タレント。東京都出身。妻は女優、声優の大山のぶ代。

妻で声優の大山のぶ代さんが認知症であることを公表し、介護を続けていた俳優の砂川啓介(さがわ・けいすけ、本名・山下啓一=やました・けいいち)さんが11日、尿管がんで死去した。

 80歳だった。葬儀は近親者で済ませた。

 NHKの幼児番組「おかあさんといっしょ」の「体操のおにいさん」として親しまれた。アニメ「ドラえもん」の声で知られる大山さんの認知症を2015年に公表した。

大山は08年に脳梗塞を発症。その後、認知症と判明し、砂川さんは15年5月に会見を開いて大山の認知症を公表、献身的に介護を続けていた。また、自身は13年に初期の胃がんの手術を受け、さらに16年6月の講演会では同4月に尿管がんと診断されたことや、大山が老人ホームに入所したことも明らかにしていた。

15年に発売した著書で、壮絶な介護生活をつづった「娘になった妻、のぶ代へ」では、夫婦対談で「病気の君を置いて先には死ねないよ」と伝えていた砂川さん。大山を置いての無念の旅立ちとなった。

【平尾昌晃】

◆平尾 昌晃(ひらお・まさあき)1937年(昭12)12月24日、東京市牛込区(現東京都新宿区)生まれ。慶応高中退。58年に平尾昌章の芸名でロカビリー歌手としてデビュー。代表曲は「星は何でも知っている」「ミヨちゃん」など。68年に本格的に作曲家に転向し、以降数多くのヒット曲を手掛ける。74年に「平尾昌晃音楽学校」(現平尾昌晃ミュージックスクール)を設立。2002年には「ラブ&ハーモニー基金」を立ち上げた。01年モンブラン国際文化賞受賞、03年紫綬褒章受章など多数。

歌手・畑中葉子(58)とのデュエット「カナダからの手紙」や五木ひろし(69)の「よこはま・たそがれ」など多数のヒット曲を手掛けた、戦後を代表する作曲家の平尾昌晃(ひらお・まさあき)さんが21日午後11時40分、肺炎のため都内の病院で死去していたことが22日、分かった。79歳。東京市(現・東京都)出身。昭和30年代には「和製プレスリー」と呼ばれ絶大な人気を獲得。2年前に肺がんを患い闘病していた。

平尾さんが体調を崩したのは今月13日。「蒸し暑く体調が悪い」と訴え、東京都新宿区の病院で検査。肺炎の疑いがあるため入院したが、食欲も旺盛で元気だった。関係者によると「病室ではウィンブルドンテニスと、松居一代さんの騒動を特に楽しみにテレビで見ていた。穏便に解決をと言っていた」という。そんな平尾さんの容体が急変したのが21日深夜。身内やスタッフにみとられて亡くなった。今週中ごろに家族葬を営み、後日、関係者向けの音楽葬を行う方向で調整している。

78年、門下生の畑中葉子とデュエットした「カナダからの手紙」は大人の恋を軽やかな旋律に乗せ大ヒット。平尾節の真骨頂となった。

【阿部進】

ペンネーム カバゴン
誕生1930年6月11日(87歳)
神奈川県川崎市
職業小説家、評論家
ジャンル教育、健康
代表作現代っ子採点法、現代子ども気質

“カバゴン”の愛称で広く親しまれ、「現代っ子」の造語でも知られる教育評論家の阿部進(あべ すすむ)さんが10日午前3時38分、胃がんのため死去した。87歳。通夜・葬儀は近親者で行う。喪主は長男・昌浩(まさひろ)さん。

 阿部さんは1950年、川崎市内の小学校の代用教員に採用され、61年に著した「現代子ども気質」、62年の「現代っ子採点法」が現職教諭の提言として注目を浴びた。

 65年の退職後は教育評論家に。テレビ出演が増え、その一方で手塚治虫、寺山修司らと「現代子どもセンター」を設立。漫画雑誌ブームの折には、漫画害悪論に対して手塚らと異議を唱えた。

【羽田孜】

羽田孜元首相が28日午前7時6分、老衰のため、東京都内の自宅で死去した。

 82歳だった。東京都出身。政治改革の実現を唱えて自民党を離党し、1994年に非自民連立政権で首相を担ったが、在職日数は現行憲法下で最短の64日間だった。葬儀は9月8日午後1時から東京都港区南青山2の33の20の青山葬儀所で。喪主は妻綏子(やすこ)さん。

小田急バス勤務を経て、衆院議員だった父武嗣郎氏の後を継ぎ、69年の衆院選に旧長野2区から自民党公認で出馬し、初当選。連続当選14回。93年に同党を離れ、旧新生、新進、太陽、民政各党を経て、98年に民主党入りした。

羽田元総理は1969年、衆議院に初当選し、2度の農林水産大臣、大蔵大臣などを歴任しました。政治改革では小選挙区制度導入に積極的で、「ミスター政治改革」とも呼ばれました。

 93年には宮沢内閣への不信任案に賛成票を投じ、小沢一郎氏らとともに自民党を離党、新生党を結党し、党首に就任しました。翌94年に第80代内閣総理大臣に就任しますが、政権発足直後の混乱で在任わずか64日間で総辞職に追い込まれました。

 2012年に政界を引退、翌13年には桐花大綬章を受章していました。(28日13:35)

【渡辺健司】

生年月日:1969年7月17日 (48歳)
渡辺 健司は、東京都豊島区出身の元水泳選手で、3回のオリンピック出場経験を持つ。日本大学豊山中学校・高等学校、早稲田大学卒。

渡辺 健司氏(わたなべ・けんじ=元競泳五輪日本代表)18日午前、東京都内の自宅で亡くなっているのが見つかった。48歳。東京都出身。葬儀は22日午前9時30分から東京都新宿区改代町9の伝久寺で。喪主は兄光司(こうじ)氏。

 中学3年生で1984年ロサンゼルス五輪の競泳男子平泳ぎに出場。東京・日大豊山高から早大に進む。88年ソウル大会を含めて五輪に3大会連続で出場し、92年バルセロナ大会の男子200メートル平泳ぎで7位に入賞した。

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