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ノーベル平和賞受賞者「劉暁波氏」が死去‥中国では報道規制も

中国の民主活動家で、ノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏が亡くなった。これまでの劉暁波氏の経緯や功績、また劉氏の死去による今後の影響が気になります。

更新日: 2017年07月14日

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ノーベル平和賞受賞者で民主活動家の劉暁波氏が死去

中国の民主化運動の象徴的な存在で、服役中にノーベル平和賞を受賞した、作家の劉暁波氏が13日、亡くなりました。61歳でした。

劉氏は服役中に末期の肝臓がんと診断され、6月に仮釈放。病院で治療を受けていた。

ウォールストリート・ジャーナル紙電子版は劉氏について「個人の自由と、弾圧に非暴力で抵抗することの価値を広めた」と指摘した。

劉暁波氏のこれまでの経緯や略歴

1969年、上山下郷運動が行われている間、劉の父は、劉をホルチン右翼前旗に連れて行った。吉林大学で中国文学を学んだあと、北京師範大学に進学。

北京師範大学に在籍していた1980年代半ばに、文芸評論家として、中国の民主化の重要性を訴えて注目

北京・天安門広場で学生らの民主化運動が起こると、劉氏も帰国し運動に参加。ハンガーストライキを指揮

劉氏は2008年12月、共産党の一党独裁を批判し、民主化を求める文書「08憲章」の起草で中心的役割を果たし、拘束

2010年、劉氏は「中国での基本的人権の確立のため長年にわたり非暴力の闘いを続けてきた」という理由でノーベル平和賞を授賞

その後も、服役を続けていた劉氏は末期がんと診断されたため、先月、仮釈放され、中国東北部の遼寧省の瀋陽にある病院で治療を続けていました

本人や家族が、ドイツやアメリカでの治療を希望していた

。劉氏はドイツかアメリカでの治療を望んでいたが、中国当局が認めず、希望はかなわなかった。

中国政府はあくまでも「犯罪者だ」として、劉氏の収監を続け自由を与えなかった

当局による拘束下で死去するのは、1935年の受賞者でナチスに投獄されたドイツの平和運動家カール・オシエツキー氏以来。

香港では、抗議と追悼

中国政府の出先機関の前に支持者ら100人余りが集まり、抗議するとともに劉氏の死を悼みました。

「中国共産党は自分の都合の悪いことになると、人々の目と耳と口をふさいでいる。劉氏は共産党によって殺されたと同じだ」と怒りをあらわにしていた。

そうした世界に影響を与えた劉氏死去に各方面からのコメント

「中国に対して劉氏の妻、劉霞氏を自宅軟禁から解放し、本人の希望通り中国からの出国を認めるよう求める」と訴えた。

「人権と言論の自由のために戦った勇気ある闘士の死を悲しんでいる」と述べました。

ドイツのメルケル首相

ノーベル賞選考委からは「中国政府は重い責任負う」

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