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【奥寺康彦、日本がW杯に出る20年前既に世界トップ・レベルに居た男。  欧州プロリーグ挑戦した初のアジア人】

備考: プロ化以前では、1920年代、フィリピン人
パウリーノ・アルカンタラがバルセロナで大活躍した。

1952年、秋田県出身。

【所属チーム】
1970-1977 古河電工

1977-1980 ケルン  
(70年代後半は強豪。W杯1978とユーロ1980で
ドイツ代表は、ケルン選手が最多。
奥寺はケルンで2冠優勝した)

1980-1981 ヘルタ・ベルリン

1981-1986 ブレーメン
(80年代中頃は欧州最高の攻撃力。
ドイツでバイエルンと2強。
奥寺はリーグ2位3回)

ケルンでもブレーメンでもW杯優勝、準優勝した
一流選手が居た。
そんな強豪チームで助っ人で活躍した。

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奥寺康彦、日本史上最高の選手。    日本人は歴史を知らない為に凄さが分かっていない。

奥寺康彦。外国人枠2枠の厳しい時代に欧州最強リーグの1位や2位チームで外国人助っ人を長年に渡って務め、  ドイツ・ブンデス・リーガで優勝1回、2位3回という傑出した成績。欧州9年のうち3年は欧州最高の攻撃力の あるチームでシーズンを送った(欧州一の攻撃陣の1人だった)。まさに世界の一流選手。

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