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奥寺と共に外国人枠2人をブレーメンで占拠したのはブルーノ・ペッツァイ 。現在でもオーストリア史上最高のCBとされる世界的名手。バロンドールで  11位、12位、14位になった年がある。

写真は、ブレーメンの守備の要、ペッツァイ。

身長188センチで空中戦に強く、身体能力が高い。
サッカー史に残る偉大なCB。
1980年頃、世界選抜に選ばれ、ベッケンバウアーとCBコンビを組み先発した。
奥寺はペツツァイと4年間共に戦い、
外国人2枠をずっと占拠した。

ペッツァイはとても存在感が大きく、チーム全体に冷静さを与え、他と格の違いを感じさせる選手だった。
奥寺とペツツァイという優れた外人助っ人2人の 活躍によってブレーメンは毎年、優勝争いする強豪に変わった。
彼はW杯1978年、1982年大会に出場し活躍した。
またフランクフルト時代、UEFAカップ1980年に
優勝した。

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