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奥寺は29才~34才は外国人2枠時代でドイツ2位チーム(欧州最高の攻撃力、ブレーメン)の主力。30代中頃でも 世界トップ・レベルで通用した本物の 一流選手だった。

1984-85シーズン、ブレーメン集合写真。

前列一番左が奥寺康彦(33才)。
その隣がFWラインダース(W杯1982年準優勝)。
前列左から3番目マイヤー
(ユーロ1984年、ドイツ代表10番)。
前列左から5番目がボランチ、メルマン。
前列左から6番目、GKブルデンスキー。
後列左から2番目の選手がFWノイバート。
その右隣がCBペッツァイ。
後列右から2人目の選手がFWフェラー。
以上が主力選手だった。

レーハーゲル監督は「奥寺は本当に頼りになる選手なんだ。私は今まで奥寺ほど頭脳的なハードワーカーの選手を戦力に持った事がない。チーム全員が奥寺の貢献度を高く評価している」と語っていた。

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奥寺康彦。外国人枠2枠の厳しい時代に欧州最強リーグの1位や2位チームで外国人助っ人を長年に渡って務め、  ドイツ・ブンデス・リーガで優勝1回、2位3回という傑出した成績。欧州9年のうち3年は欧州最高の攻撃力の あるチームでシーズンを送った(欧州一の攻撃陣の1人だった)。まさに世界の一流選手。

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