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奥寺の所属していたブレーメンには1980年代のドイツ代表、エースFW、ルディー・フェラーが居た。彼は当時、ドイツで一番の人気選手で、1986年のW杯は準優勝、1990年のW杯は優勝した。

写真左、ブレーメンFW、ルディー・フェラー。
右が奥寺。ブレーメンの試合後の写真。

フェラーはユーロ1984年からドイツ代表エースFWとして10年以上も長い間、活躍した名選手だ。
ドイツ代表で90試合47得点(これは当時、ドイツ歴代2位の得点数)。
彼は1982-83シーズン、リーグ得点王になった。 
奥寺は左サイドからクロスを上げてこの得点王獲得を助けた。フェラーはブレーメンで137試合97得点(1982-87年のわずか5年の在籍)を記録して
当時クラブ史上最多得点記録を作った。

奥寺は日本復帰する1986年までフェラーと4年間、共にプレイして、ブレーメンを強豪に変えた。

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