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奥寺康彦は欧州時代、欧州最高の攻撃力チームに居た。ケルン優勝1978年と ブレーメン1985、86の3シーズンは「1試合当たりの得点率が欧州最高」で、彼は欧州一の攻撃力を持つチームの攻撃陣に居た。

写真はブレーメン時代、奥寺。

奥寺康彦は在籍した
ケルン1977-78、ブレーメン1984-85、1985-86の3つのシーズンで、
チームがリーグ最多得点だった。
この3シーズンのリーグ戦1試合当たりの得点率は、欧州最高の得点率だった 
(欧州5大リーグ全チーム[94チーム]中、1位)。

ケルン1978年(2.5)。
ブレーメン1985年(2.6)、1986年(2.44)
だった。

1980年代中頃、ブレーメンはなんと2年連続で バイエルン、バルセロナ、リバプール、ユベントスなどの得点率を上回り、欧州最高の攻撃力だった。
奥寺は左サイドハーフでアシストをし、
欧州最高得点率に貢献した。

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奥寺康彦、日本史上最高の選手。    日本人は歴史を知らない為に凄さが分かっていない。

奥寺康彦。外国人枠2枠の厳しい時代に欧州最強リーグの1位や2位チームで外国人助っ人を長年に渡って務め、  ドイツ・ブンデス・リーガで優勝1回、2位3回という傑出した成績。欧州9年のうち3年は欧州最高の攻撃力の あるチームでシーズンを送った(欧州一の攻撃陣の1人だった)。まさに世界の一流選手。

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