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奥寺康彦の時代は現在より名選手が多くレベルが高かった。 それは以下の  『得点ランキング』を見れば明らかだ。歴代10位内に奥寺の時代の選手が6人も居る。

写真は、ブンテス歴代4位、213得点を挙げた
名FW、マンフレート・ブルグスミュラー
(ブレーメン時代)

1985-86シーズン、彼と奥寺はブレーメンで1年、攻撃陣を形成。リーグ最多得点(83得点/34試合)と欧州最高得点率(2.4)を残した
(欧州5大リーグ全チームで1位)。
前年1984-85シーズンも、ブレーメンは
リーグ最多得点(87得点)で、
欧州最多得点 & 最高得点率(2.6)だったので
2年連続で欧州最高の攻撃力を記録した。

奥寺は他にもケルン時代、1978年に、
名FW、ディーター・ミュラーとも攻撃陣を形成。
欧州最多得点(86得点)で、欧州一の攻撃力でリーグ優勝した。

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奥寺康彦、日本史上最高の選手。    日本人は歴史を知らない為に凄さが分かっていない。

奥寺康彦。外国人枠2枠の厳しい時代に欧州最強リーグの1位や2位チームで外国人助っ人を長年に渡って務め、  ドイツ・ブンデス・リーガで優勝1回、2位3回という傑出した成績。欧州9年のうち3年は欧州最高の攻撃力の あるチームでシーズンを送った(欧州一の攻撃陣の1人だった)。まさに世界の一流選手。

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